「はあ!?」

と、思わず声を上げたのも仕方がない。

「どうしたんです、団長」

仲間の一人が団長には珍しい驚きを含んだ声に振り向いた。
団長と呼ばれた男は名の通り、団を纏める長らしく、大概は泰然自若とした雰囲気でこの集団の要としてそれなりに長く君臨している男だった。

背が高く、ガッチリとした体格。
腰には大剣と細剣が差してあり、その不釣合いな武器を見るだけで彼が何者かを察することのできるものは多い。
団長と呼ばれるに相応しい堂々とした形は、しかし如何せんその顔を映すと途端にしまりがなくなる。
軽いナンパ師か、良くてもうだつの上がらない賭博師見えてしまうという、傭兵としては悲しいハンディを顔に貼り付けている男は金色の髪をかき混ぜて、困惑を最大限に表した。
普通に表現するなら、意中の女につれなくされた消沈の男。

が、見た目で与しやすしとされることも、今では開き直って戦略の一部。
見た目はこうでも中身は一流。
見た目で舐められることも多いが、実力で黙らせてきた。

真面目な顔をしていてものほほんと見えてしまうらしいその顔だが、長く団にいるようになると戦闘前は必ずその姿を探してしまう。
そして変わらない彼の様子にほっと緊張を解き、気合いを入れる。
今日も変わらず大丈夫なのだろうと思わせてくれる一種の精神安定剤だ。

そんな彼の手元に届いた一通の手紙。
ちょっとした用で団を離れていた仲間からの連絡だった。

「団長、お待ちかねの連絡ですよ」
「やっときたか」

ひらひらと手紙を見せながら持ってきた仲間に礼を言いながら、手紙の相手に文句を言って手紙を開いた。

そして先述の反応に至る。

「どうしたんです?副団長は何て?」

思わず頭を抱えた、傭兵団グランディーの団長、クレメンス・グランディーは唸りながら、仲間にそれを手渡した。

「団長?」

仲間が目を落とした手紙は簡潔にまとめてあった。

『休暇を下さい。  アスタロト』

「何考えてやがる、あいつ!」

手紙を見た仲間が「副団長ご乱心―!!」と喜んで叫んでいるのを殴りつけながら思わずクレメンスが叫んだとしても仕方のないことだった。

傭兵は団こそが我が家。
しかもアスタロトはこの傭兵団の自他共に認めるナンバー2だというのに。

アスタロトは飄々とした男で、中肉中背、傭兵たちの中にあってはむしろ小柄でもあるが、その実力は折り紙つき。
さらに誰かと組ませれば実力以上の能力を発揮させてくれるという、補佐・援護能力にかけては他に追随を許さない珍しい人物だ。

そういうわけで、日頃からその恩恵を受けているクレメンスはアスタロトがいなくては困る。
戦いならば自分で何とかする自信があるが、団長になるにあたって増える諸々の雑務はどうしようもない。

暢気にアスタロトが帰ってきたら、と放置していた問題がクレメンス一人の肩に乗っかってくるのだ。
これなら最初から小まめに片付けておくのだったと、夏休みの宿題を誰かに頼ろうと高を括っていた子供のようなことを考える。

なによりも新しく入団した新兵たちの面倒は誰が見るのだ。
クレメンスは彼らの初めての戦闘には余程の事がない限りはなるべくアスタロトをつけていた。
アスタロトの援護能力を買ってのことで、そうすることで新兵の死亡率を下げようという魂胆があるのだが、事実グランディーの新兵の初陣死亡率は群を抜いて低い。
故に古参兵より未来に夢を抱く少年たちの入団希望が多くなってしまったのは弊害だったが、名が広まることは悪いことではない。

数年前のグランディー内での世代交代劇の後、現在のグランディーを形作った裏の立役者。
それがアスタロトだ。

その彼が、一体どうしてこんな馬鹿な手紙を送りつけてきたのか。

仲間たちがアスタロトの手紙を何だ何だと覗き込み、事態の深さに気付いた長年の仲間が焦りだす。

「と、とにかく訓練だ!!新米ども集まれ!今日からノルマは2倍だ!!」
「オルガに保留にしてた件、どうするんだよ!おれすぐに答えるって言ってんだぞ!?」
「鍛冶屋との交渉の話は?経過なんて途中までしか聞いてねーぞ」
「食料をそろそろ補充しなきゃならん時期だぞ、いつもこの季節はどのルートで確保してんだよ!?」
「それよりもうすぐ国境だろうが、手続きどうすんだよ。この前代理でやったけど、もう二度と嫌だぞ!」

わいわいと騒ぎ出す仲間に頭痛を覚えて、クレメンスは団長らしく、嫌がる面々にそれぞれ問題の解決を少しずつ押し付け、自身もため息を付きながら盛大に増えてしまった剣を振り回す以外の仕事に取り掛かる。

グランディーの実力は文句なく。
少しばかり欠けていた組織運用力、あるいは対外交面での底上げに繋がったそんな出来事は、ひいては上級と最級を行ったり来たりしていた傭兵団グランディーを完全に最級へと押し上げることになるのだが、それはまた別の話。

そして誰一人としてその立役者となったアスタロトを賞賛しなかった。
のは当然かもしれない。

それなりにごたごたとやっていたグランディーには休暇を許可した覚えもないアスタロトの暢気な手紙を定期的に届く。
律儀なのか、あの男なりのジョークなのか、クレメンスには図りかねる内容。

少々怒りを込めて広げた一通目。
『船の操縦方法を覚えました。  アスタロト』

困惑しつつ受け取った二通目。
『ワルツを踊れるようになりました。  アスタロト』

仲間内で話題になりつつあり、次の手紙を心待ちにしている彼らはアスタロトの遊び心に毎回爆笑している。
『世界って広いですね。未知の生物を見つけました。旨かったです。  アスタロト』

クレメンスは最早仲間の娯楽と化したそれを真面目に読むことをやめた。
『二つ名が付きました。現地の言葉を訳すと「苦労人」だそうです。せめて「常識人」に格上げしてくれるように交渉中です。  アスタロト』

よくぞここまで突飛なことを思いつくものだ。
『職業資格が増えました。あなたのお宝鑑定します。  アスタロト』

とりあえずアスタロトに頭の様子を尋ねるために連絡方法を模索中。
『爵位を貰いました。いらねーと言ったらケリーがお揃いだと笑ったので貰っておきました。今日から一応貴族です。  アスタロト』

「まとも」な副団長の帰還は諦めた方がいいかもしれない。
『現在逃走中。  アスタロト』

ダメもとで出してみた手紙は届いたらしい。
何やってるんだ、お前。
と、略せばそういう趣旨。
『連れはケリーです。  アスタロト』

「答えになってねーぞアスター。誰だよ、ケリーって…」

呟いたクレメンス・グランディーは最近憂いの増えた表情のおかげで、顔のせいで馬鹿にされることがなくなったらしい。

それでもやっぱりアスタロトに感謝の気持ちは欠片とも湧かなかった。








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アスターと傭兵団の面々というリクに斜め上で応えてみるテスト。
秋野様、素敵なプレゼントと予想外のリクをありがとうございました!