でろりと長椅子に横になったケリーの傍に腰をかけた美しい人がそっとケリーの前髪を掻き揚げる。
覗き込んでくる彼の長い黒髪が頬をさらさらと流れる感触を楽しみながら、ケリーは目を閉じていた。

ケリーの髪を梳く手に込められたのは紛れもない愛情。
それに身を任せているケリーが示すのは信頼。

どことなく排他的なその空気は、彼らの周りにだけ濃密に流れていた。

ちなみにそこにいるのは彼らだけではない。

「リィ、いいのか?」
「何が?」
「ルウどのは、その、お前の相棒なのだろう?」

雰囲気だけ見ていれば、まるで恋人のような二人を指してウォルが小さな声で聞いた。

「ルーファのケリー好きは今に始まったことじゃないからな」

リィは肩を竦めて見せる。

リィから見ればまだ見慣れない若いケリーの姿は、デルフィニアの人々にとっては少し見ないうちにあっという間に成長した若者のもので、ともすればルウとケリーは見た目だけは完璧な恋人同士だ。

「少しは周りの目を気にして欲しいもんだぜ」

昔はちぐはぐな印象が拭えなかったタラシがいつの間にか違和感なくなってしまった様子にイヴンが愚痴ればシャーミアンがイヴンを嗜める。
そのシャーミアンは目のやり場に困ってそわそわと落ち着かない。

多くの浮名を流したバルロは険のこもった目で自分を棚に上げつつぶつぶつと世間の良識を謳っている。

そんな周りの声が聞こえていないはずがないだろうに、ルウはケリーの髪を触る手を止めずに、かわりに小さくくすくすと笑う。

その声に反応してケリーが目を開けた。
が、何を言うでもなく手を伸ばしたのはルウの長い髪。

懐かしい感触だ。
最高級の絹よりも美しく滑らかなルウの漆黒の髪。
それの感触を最後に愉しんだ時から長い時が経った。
なのに姿自体はその時よりも若いというのだから世の中はわからないものだ。

手のひらを流れるその漆黒に連鎖的に思い出すものがあってケリーはふと目を小さく細めた。
それから自分の背よりも大きな窓の外に視線を移す。

広がるのは空。
暗く、黒く、重く、だが宝石のような輝きを内包した夜。

浮かぶのは細い月。
やがて昇るのは太陽。

「…帰りたいの?」

その視線を追って窓の外に広がる空を見たルウが問う。
ルウの少し顰められた顔は、すぐにはそれが実現しないことを申し訳なく思うから。

「いや」

だがケリーはそれを否定した。

視界の端に小首を傾げるルウの姿が見えた。
ケリーはもう一度空を見上げる。

帰りたいかと聞かれたら否。
帰ると決めたから帰るのだ。

世界に意味はない。
そこに空があることに意味がある。
そして。

思い浮かぶのは。

「…会いたい?」

唐突にルウがそう聞いた。

ケリーは苦笑してルウの頬を撫でる。

「その質問は反則だぜ、天使」

ルウはケリーの手に頬を摺り寄せて目を閉じた。

「…うん、ごめん」

縁を作れば情が生まれる。
当然裂かれれば生まれる小さな寂しさと未練は、だがケリーにとって何ら支障を来たすものではない。

だから世界に意味はない。
どこにいても自分は自分のまま生きられる。

大切なのは空。
そして共に駆けるあの相棒。
共に生きるあの魂。

だから帰る。
彼女たちがいる世界へ。

それだけだった。

「必ず会わせてあげる」
「ああ、頼りにしてる」

胸にルウの頭の重みを感じながらケリーは軽く答える。
彼がそう言うなら、自分は安心していいのだろう。
天使は嘘を吐かない。

「おい、ケリー。おれがいることも忘れてくれるなよ。」

強い意志を持ったエメラルドの目がケリーを射る。

「必ず守ってやる。ジャスミンとダイアナの元にお前を帰すまで」
「心強いことだ」

ケリーがくつくつと笑った。

守られるほど弱くはない。
そんな野暮なことは言わなかった。






if設定?ルウとリィが迎えに来て、何らかの事情でまだ帰れない。
多分そんな感じで書いていたものを発掘。尻切れトンボなので続きがあったのだと思われる。が、一体何を書こうと思っていたのか現在の自分にはまったく不明なのでそのままup。