ある日の優雅な午後。
茶会が開かれた。
国王夫妻や公爵家の人々を交えたかなり豪華な面々による華やかな茶会だった。
それにしては随分と気安いと、他国の人々が見れば思うだろうが、デルフィニアでは当たり前の光景である。
話の内容といえば先日薔薇の花が咲いたとか、この前もらった茶は美味かったとか。
他愛もない内容ばかり。
社交界の影がまったく見えない、本当にただの身内のアフタヌーンタイムの様相だ。
ケリーは遠くからでも見て取れる光景に苦笑を零した。
まるで子供らしくない笑い方だったが、隣を歩いている最近仲の良いイヴンは何も言わない。
「お邪魔しますぜ。」
「おう、イヴン。遅かったな。」
「すみません、このお子様が遅刻しやがったもんで。」
ガシガシと髪の毛をかき回されてケリーは不服を漏らす。
「こっちにも都合ってもんがあるんだ。いきなり呼び出されたにしては上出来だろう?」
ウォルはイヴンの影に隠れていた少年の姿に顔をほころばせる。
「ケリーどのも来て下さったか。」
「おい、独騎長どの。この小僧を招待した憶えはないぞ」
バルロが憮然とした顔で漏らす。
「イヴン、これはバルロ主催の茶会なのか?」
「いんや、違うぜ。陛下の茶会だ。」
遠まわしにお前に言われる筋合いはないと言われてバルロのこめかみがぴくりと動く。
「まあまあまあ、せっかく来てくれたんだ、ケリーどのも俺の妻の茶を飲んでいかんか?」
「それはありがたい。」
ケリーはにっこりと笑って妻だと紹介された女性に優雅に挨拶した。
「まあ、礼儀正しくてきれいな子ね。」
この国王の妻らしいポーラという女性はまったく気取ったところのない、やはり変わった女性で、ケリーは好感を抱く。
「恐悦至極。イヴンの強引な誘いにも乗った甲斐があります。」
「…独騎長どの、もしかして何も言わずにこの小僧を引っ張り出してきたのか?」
ケリーの台詞に引っかかるところを憶えたのか、バルロがイヴンに問いかける。
イヴンは肩を竦めた。
「いきなり出て来いと言われるこっちの身にもなってもらいたいものだぜ。」
寄宿舎を出て、イヴンと合流してみれば彼は目的地も言わずに勝手に歩いていってしまったのだ。
今の今までその目的がこの茶会だとは知りもしなかった。
「と、いうことは外出許可は?」
今度はケリーが肩を竦めた。
急いで出てきたのだ。
そんなもの取っている暇はない。
「あそこは誘拐防止のためにもかなり警備が厳しいはずだが、どうやって抜け出してきたのだ」
王が驚いたようにケリーに目を向ける。
「このお子さんを舐めちゃいけませんぜ、陛下。」
ケリーは何も言わずににっこりと笑っておく。
まじまじと自分を見る目もそれでかわす。
ポーラが茶を入れて差し出した陶器を受け取り、ケリーは匂いを嗅いだ。
「酒が入ってるのか?」
「いけない!そうだったわ、あなたにはまだ早いわね。別のを入れなおしてくるから待っててちょうだい」
「いや、これでいい。」
ブランデーを垂らした茶は仄かなアルコールと茶との匂いが混じり芳しい。
「駄目よ、待って!」
ポーラは常識的にケリーの行動をとめようとしたが、ケリーは構わずに飲む。
「ふーん、こりゃいい。もう少し酒が強ければ尚良い。」
なんでもない顔で首を捻りながらケリーが感想をもらす。
「もう少しって、これ以上入れたらただの酒だぞ」
「確かに。しかしこれはなんていう酒だ?かなり美味いな。」
「そりゃ、陛下が飲むような酒だからな。俺たちが普段安居酒屋で飲んでいるような安価なものとは手のかかりようが違うぜ。」
暢気な会話にポーラが目を丸くしている。
酒豪な国王を初めとして男性陣は平気な顔で飲んでいるが、女性達には香り付け程度に二三滴しか入れないような酒だ。
それでもポーラなどにはきつく感じることもある。
弟に陛下に入れたものと同じ茶を振舞ったことがあったが、彼は情けなくもその場で赤くなり眠ってしまったのだ。
「何なら原酒を飲んでみるか?」
「「陛下!」」
ラティーナとシャーミアンが同時に咎めるような声を出した。
「あり難い!」
嬉々として答えるケリーの顔色はまったく変わっていない。
「奥さん、問題ないよ。このお子様は陛下と競うくらいの酒豪だ。俺が保証しよう」
「一体こんな子供に何を飲ませたんです!?」
イヴンが妻を宥めようとして失敗しているのも自業自得。
ケリーはウォルが持ち出してきた酒に手を付ける。
「旨い!」
一気に呷ってケリーが嬉しそうに評価する。
「中々の飲みっぷり。では俺もあやかろう」
王も一気。
「こんないい酒を飲む機会を逃す手はないな」
シャーミアンから逃れてきたイヴンも手酌。
「お前達のような味のわからぬ者に飲まれるよりは!」
バルロが酒瓶を奪って注ぐ。
「お前も飲め」
ナシアスが苦笑しながらバルロから受け取る。
いきなり始まってしまった茶会ならぬ酒盛りに女性陣は呆れたため息をついた。
「ポーラ様、ここは放って置いて、向こうの四阿で茶会を再開しましょう」
女性達に見放された彼らを止めるものがいるはずもなく、彼らの酒盛りは永遠翌日まで続くことになり、執務に来ない彼らを心配した部下達によって発見されるまで彼らは床に倒れ伏すという醜態を晒し続けたのだ。
その日からケリーは王の飲み友達と認識されるに至る。
しかしその裏では迅速に、茶会における酒類の一切が禁止されていた。
他国が首を傾げるその不文律が作られた訳を、デルフィニアの人々は決して話さなかったという。
デルフィニア史におけるどうでもいい真実の一つである。
本当にどうでもいい話だな(汗)
拍手ありがとうございました!!
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