この大回廊で突っ立ている姿はさすがに目立つ。
それがぽかんと上を見上げているのなら尚更。

相も変わらず自室を抜け出してさ迷っていた国王は目的地に到達する前にその光景に行き当たった。
そして彼の目線の先にあるものに目を留めて苦笑する。
これはもう話しかけなければいけないだろう。

「立派な画だと思わんか?」
「王様」

目を引く美貌を持った少年が振り向いた。
多分気配には当に気付いていたのだろう、驚く様子はない。
血だらけで突然降ってわいた少年はその出現からして普通ではなかったが、彼の娘とは正反対で、自分はれっきとした人間だと主張してやまなかった。
それでもそれなりに場慣れしていると見え、人の気配には酷く敏感だ。

「これは…」

苦虫を噛み潰したような、それでいて複雑な表情を見せて、彼には珍しく歯切れ悪く、壁に掛かった大きな一枚画を指差した。
ウォルは予想通りの反応に笑い声を響かせる。

「よく描けているだろう」

ケリーは困ったような苦笑いで、曖昧な同意を示す。

ケリーはあの王妃と同郷の人間だ。
だからだろうか、その声にデルフィニアの人々が王に持つ畏敬の響きはない。
しかし侮られているとも思わない。
バルロなどはしきりに不敬だと怒っていたがそれも本気ではないだろう。
あの王妃と違ってケリーは場を選ぶことが出来たし、それよりも人を選んで態度を変えているのが明らかだったからだ。

「リィ…か?」

確認にしては弱く、疑問にしては強く、ケリーは煌びやかな画をもう一度見上げた。

「それ以外に何に見える?」

悪戯っぽく国王は聞いた。
こんな見事な黄金の髪と翠の瞳の持ち主は他にいない。
ケリーの心情はよく理解できる。
ケリーも多分自分と同じく、リィに近しい人間だったのだろう。
そういう人間には激しく違和感を抱かせる画だとウォルはよく理解していた。

しかしケリーの言葉を聞いて、ケリーの表情にはもう一つ意味があったのだと気付く。

「本当に女だったんだな。」

きょとんとしている王に向かってケリーは俺が知っている金色狼は男だったと苦笑して見せた。
王は最後に王妃が見せてくれた少年姿のリィを思い出す。
ケリーにとってはそっちが当たり前のリィだったのだ。

あの時の自分と似たような衝撃を受けているのかと気遣いを見せようとしたがケリーは先にからからと笑う。

「こっちの方が見目は楽しいな。」

ケリーは華麗な婚礼衣装を着た王妃をそう評した。
驚かないのかと聞いたらそれこそ何を言われているのかわからないと問い返された。

「一度だけ見たことがあるんだ。そりゃ驚いたけど、眼福だと拝ませてもらったぜ」

これはまたあっさりとした反応だ。
その理由をケリーは直ぐに白状した。

「金色狼より黒い天使との付き合いの方が長いんだ。」

それこそころころと性別を変える奴だ。
いちいち驚いていられない。

驚くのはあの金色狼がよりにもよって人間の、しかも男と結婚していたという事実の方だ。
ケリーは短い付き合いでもわかる飛び切り風変わりな王を見上げた。
今度そうなった経緯をじっくりと聞いてみるのもいいかもしれない。

二人だけだった回廊に複数の足音が近づいてくる。
二人は咄嗟に目配せをした。
最近何かと騒がしい周囲に気を使って、なるべく顔を合わさないようにしていたのだ。
ここで二人でいる光景を見られでもしたらその努力が水の泡。
翌日には王とケリーの密談の噂が飛び回っている事だろう。
噂に振り回されるのは業腹だったがその重要性も誰よりもよく知っている二人だ。

王は咄嗟に一つの部屋に飛び込む。
ケリーも後に続いたが、部屋に入ってみれば王がなにやら壁際でごそごそとやっている。
首を捻るが何も言わず見物しておく。
直ぐにウォルは目的を果たしたのか後ろを振り返ってケリーを手招きする。

どこをどうやったのか知らないが壁が動いた。
隠し通路だ。

ケリーは呆れた顔で王を見る。
思うところは色々だ。
隠し通路は隠しというだけあって非常時に使われるもの。
しかし国王の様子は慣れた風で、どうやらこれを頻繁に利用しているのは間違いがないようだった。
一国の王がこんなに身軽でいいのかとも思うし、軽率だとも思う。
自分のような部外者に簡単に教えていいものでもないだろう。

しかし何を言っても無駄なような気がしてケリーはついて来いと示しさっさと暗い通路に入ってしまったウォルを無言で追う。
ここでは機械の目が大いに役立った。
そんな暗闇をウォルは迷わず進む。

幾本もの分岐点を抜けてやっとウォルは立ち止まる。
出た場所は大き過ぎもせず、かといって小さすぎもしない、しかし応接間や謁見の間とは違いシンプルで、よく見れば趣向を凝らした趣味のよい部屋だった。

何度も王宮には足を運んでいるがここには来たことがない。

本当ならあの回廊で分かれて問題はなかったのだが、ウォルがわざわざ隠し通路を通ってまで自分をここに連れてきた理由があるのだろう。

「こっちだ、ケリーどの」

手招きするウォルはどこか嬉しそうだ。
奥には重い緞帳が下げられ、それは左右に開かれていた。
その中央に一枚の画。

回廊に掛けられたのとは違う。
荘厳で重厚で大きな画。

ケリーは大きく目を見開いた。
その反応にウォルは頷く。

「ケリーどのの知っている我が妻はこれではないだろうか」

戦場の王妃。
黒駒に跨る勇姿。
右手に掲げられた剣が光を弾く。
金糸の髪が絢爛に輝き、翠の瞳が強く命の煌きを示す。
瞳と同じ色の宝石が額を飾り、銀色の輪が白皙の肌を際立たせる。
馬蹄と歓声と、剣戟の音と血の匂いまでしてきそうな画だった。

それはまさしくリィだった。
ケリーが知る、リィの戦士たる心だった。

「一度、王様に金色狼の思い出話を聞いてみたいものだ。」
「奇遇だな。俺もケリーどのの話をじっくりと聞いてみたいと思っていたのだ」

あの忘れ得ぬ黄金の人について。







何となく、大鷲の誓いを読んだ記念に。肖像画つながり。

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