ぼんやりとしているのも芸がない。
ケリーは教材の教科書に見立てた『王国の繁栄―裏の歴史―』という微妙な本を開く。
級友達は、木陰に入り木の峰に寄りかかるケリーを余所に、元気いっぱいに馬で駆け回っている。

教師にも匙を投げられたケリーは今では見学が許されていた。
どうやら学園初という快挙を知らずに成し遂げたらしい。
今更その事をからかうヤツもいなかった。
先日の剣技がモノをいったらしい。

ケリーは大きな欠伸を一つ。
のんびりと背を伸ばす仕草は、あるいは怠惰な獣のようだ。
一瞬、近くにいた馬が驚いて乗り手の手綱を無視したようだが大事ではない。
自分の制御を離れた馬に文句を言っている少年の声が聞こえた。

がっがっがっと地を蹴る音と、風を切る音と、とすっという軽い音。
馬に乗りながらの的当てだ。
ケリーに参加できるわけがない。

結果に一喜一憂している少年たちは勉学に勤しんでいる時よりずっと楽しそうだった。

「ケリー、退屈じゃない?」
「…別に問題はない。お前こそ、やらなくていいのか?」
「弓は苦手なんだ」

肩を竦めながら横に腰を下ろす。

「へえ」

意外だ。
ダミアンは見ている限りなんでも器用にこなす。

「そういうケリーはどうなのさ」
「さあ、どうだろうな?」
「まったく、いつもそうやって誤魔化す。」

別に誤魔化したわけではない。
本当に知らないだけだ。
銃器その他、扱えないものはない。
だがこうも単純で原始的な武器は触ることもなかった骨董品だ。

「ケリー、ダミアン、二人して何やってるんだ」
「お前達の実技の見学だよ。わかれば早く授業に戻れ」

しっしっと手を払ったのが気に触ったのか、少年がケリーの手をぐいっと引っ張った。

「何だよ、一体」
「この前言ってたじゃないか。弓を扱ったことがないって。俺が教えてやるよ」
「別に必要ないんだが…」

ぼりぼりと頭を掻くケリーを置いて、いつの間にか集まっていた級友達がわいわいと騒ぐ。

「え、ケリーって弓が使えないの?」
「ばっか、本気にするなよ。冗談に決まってる」
「というかケリー、弓は剣と並んで貴族の嗜みだ。出来なきゃ不味いよ?」
「だな。馬に乗れないならせめてそれくらい出来ないと。」

余計なお世話だ。
大体いつの間に湧いて出やがった。
さっきまで楽しそうに駆け回っていた小僧共が。

「わかってないなあケリー。」
「あん?」
「みんなね、君に興味津々なんだよ」

ダミアンが面白そうにケリーを指す。
ケリーは強引に引っ張られながらその心当たりを探して首を傾げる。

「行ってらっしゃい」

ひらひらと木陰で手を振るダミアンは結構強かなヤツなんじゃないかと思いながら。

「で、これをこう。」
「ああ、ケリーそうじゃないよ。姿勢がずれてる」
「そうそう、そこで手を放すんだ」

何故か大勢のにわか教師に囲まれて、口うるさく指導を受ける。
まったく、どの話に耳を傾けていいかもわからない。
本物の教師はといえば、この情景にほのぼのと笑いながら頷いている。

厚い友情の成せる技だとでも思っているのか。
あるいは教えることは学ぶことだと口癖のように言っていた彼の持論を実践しているのか。

どちらにしてもケリーにとっては迷惑極まりない。

ケリーの手を放れてひょろひょろと飛んだ矢は当然的の大分手前に着地した。

「あー駄目だ〜!ケリー才能ないよ。全然飛ばないじゃないか。」
「乗馬に続いてケリーの苦手なもの発見だな」

自分達の教え方が悪いとは思わないらしい級友達を横目にケリーは窮屈な体勢で凝った肩を解す。

「そういう問題じゃない気もするけどな?」

才能云々ではないだろう、これは。

「じゃあ何が問題なんだよ」

ケリーの呟きを聞き取って反対に聞かれた。
ケリーは今はかわいいといえる仕草で小首を傾げて答える。

「大体なんでこんな無理な姿勢をしなきゃならないんだ」
「って、それが一番効率がいいからだろう?先人達が色々試した結果さ。」
「要はあの的に当たればいいんだろ」
「それがなかなか出来ないから苦労するじゃないか」

ふむ、と考え込んでケリーは的に向き直る。

「おいおい、打つつもりか?そんなでたらめじゃ無理だって。」

ケリーはそれを無視して狙いを定め、矢を放つ。
それはきれいな弧を描いて的の五メートルほど前に落ちた。

「ほら、言っただろう」

そんな言葉も無視してもう一本矢を射る。
今度は的を越えて後ろの木に刺さる。

「だからそれじゃ駄目だよ」

今度はケリーは無視せずに振り返る。

しかし肩を竦めただけでもう一本矢を受け取ると、ほとんど準備動作なしに矢を放った。
でたらめもいいところだ。
振り向き様といえる速さ。
矢を番えたのすらわからなかった。

しかし矢は確かに空を斬って、的に刺さった。

この授業中、誰も命中させていないど真ん中。

「え、嘘。何で?」
「何でって、二回も試せば十分だろう?」

的に当てることくらい。

ひょいっと矢を受け取って、ケリーは簡単に矢を放つ。
空気を裂く音は誰よりも鋭く、真っ直ぐに飛ぶ矢はあっさりと隣の的に届いた。

「嘘だろうー?」

隣と言っても馬で的当てをやっていたのだから一つ一つの的はそれなりに距離がある。
それを、場所を移動もせずに命中させるなんて。
人間業ではない。

しかしケリーはあっさりと言い放つ。

「どの程度、どうやって飛ぶか判ればあとは力加減を調節して風を読む。それだけだぜ?」

もうぐうの音も出ない。
それが難しいから苦心しているというのに、この少年はたった二回、矢を放っただけで彼らが何年も訓練して身につけてきた技術を軽く凌駕してしまったのだ。

「もういいよ…。俺、ケリーを同じ人間だと思うのはやめる。」
「俺も。理解しようとするのがどだい無理ってわかったし。」

同じだと思うからいけないのだ。
同じだと思うと対抗意識も湧くが、もうこれは違う生き物。
それならプライドも傷つかないし、心も平穏を保っていられる。
噂を肯定するわけではないが、いっそ王妃と同じ天上生物だと言われたってもう誰も否定しないに違いない。

彼らは一往にため息をついて怪訝な顔をしたままのケリーを見る。

こうして彼らは後に、どんな大事にも顔色一つ変えないツワモノぞろいの黄金世代と呼ばれる土台を手に入れたのだが、それはまだ遠い未来の話。







ケリーにも『目指せ一般人!』は無理だよ、きっと。

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