ケリーの目が、今までとは違うものを見る。
ダミアンにとってはとても不安になる目で、光を宿す。

ケリーは自由な人だった。
誰にも捕われず、気ままに行動する。

簡単なようで誰にも出来ないことだから、だから人は彼に焦がれるのだろう。

少し遠くの席でケリーが本を読んでいるのが見えた。
書籍を一所にまとめた資料室として使われるこの場所は、非常識な時間帯を除けば生徒達に開放されている。

ケリーは学ぶことが嫌いではない。
それは誰もが知っていること。
頭がいい上にそれはないだろうと、誰かがため息混じりに零しているのを聞いたことがあった。
頭がいい人間が学べば、平凡な頭脳を持つ自分達に勝ち目なんてなくなるのだから当然の文句とも言える。

ケリーの学び方はまったく無作為で、当たった端から消化しているとも表現できた。
興味があるのかないのかよくわからないまま、変わらぬ態度で本を読み、必要なら実地経験を自ら積んで、その知識を取り込む。
それがケリーだったというのに。

「…本当に、勘弁」

ダミアン以外に気付いている可能性があるのはあのユウシスくらいだろう。

最近のケリーには方向性がある。
選ぶ本には意図があって、共通性が見出せた。

そこから導き出される答えはダミアンをちっとも明るい気分にはさせてくれない。

「こんなに早いなんて」

思いもしなかったといったら嘘になる。
ダミアンにだってわかっていた。
誰よりもわかっていたからこそ、誰よりもケリーを敬愛した。

彼は自由な人なのだ。

ダミアンは苦痛をこらえる様に目を閉じて、立ち上がった。
なるべく音を殺して、それでもケリーは最初から誰が近づいてくるのか当然わかっているかのように、最後の一歩を詰めるまで顔を上げない。
彼のことだから、この部屋にいる全員を把握していてもおかしくない。

「何だ、ダミー?」

読書を邪魔された不満をちらとも表に出さず、ケリーはダミアンを見上げた。
もしかしたら不満に思うほどの存在価値もないのかもしれないとダミアンはどこまでも後ろ向きな思考を断つ。

何度か躊躇い、陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させるダミアンを、ケリーは急かすこともなく待った。
こういうところが、差なのだろう。

「…いつ、行くの?」

搾り出すようなダミアンの声にケリーは可愛らしく首を傾げた。
ケリーが本気でとぼけると見分けがつかなくなるから、これはきっと彼なりの冗談。

旅立ちを肯定されればますますダミアンの眉間は深くなる。
それとは裏腹に顔だけは笑った。

「宝の地図でも見つかった?」

軽口に紛らわせなければ何かをみっともなく叫びだしそうだ。

ケリーは笑うだけで答えない。
ダミアンは湧き上がる苛立ちに歯を食いしばる。

言っても意味のない事を言ってしまいそうになった。
わかりきったことを、それでも聞いてしまいたくなる。

口を開いたのは若さだと思った。

「…もしも、ケリー、もしも俺が宝の地図を持っているって言ったら、一緒に連れて行ってくれる?」

聞いてしまってから、我慢が利かない、好奇心に負け、可能性に縋る、そういう子供だったと自分の未熟さに悲鳴を上げたくなった。

ケリーの答えは聞かなくてもわかっていた。
耳を閉ざさなかったのも、逃げ出さなかったのも、自分の行動の結果は自分で負うことも出来ない子供な面を見られて醜態を晒したくない一心だった。

審判を待つようなダミアンにケリーは躊躇もなく違わず宣告する。

「まさか」

一言だけ。
それだけ言い置いて、ケリーは立ち上がりダミアンの横を通り去ってしまった。

扉を出て行く音を聞くまで耐えてから、ダミアンはしゃがみ込んだ。
恥ずかしくて、悔しくて、仕方がない。

「もう少し待ってくれてもいいだろう?」

自分が未熟なことなんて当に知っていた。
このままではケリーの後ろにだって立てない。
そんな自分がケリーと共に行けるわけがないと、わかっていたから必死に努力をした。
なのにケリーはダミアンの成長すら待ってはくれなかった。

「あー、もう…」

その自分の台詞こそが幼さの象徴だと、ジレンマに身を焼く。
ケリーに、ダミアンを待つ義理などない。
ダミアンにそれを言う権利もない。

ケリーが置いていった本が目に入る。
航海図。
何の目的地も、むしろ陸地すらほとんど書かれていないそれ。
ダミアンには冒険など思い描けないような、地図。
楽しいことも悲しいことも想像できない、宝の場所なんて書かれているわけもない、無骨なだけの二次元世界。

ケリーには、違うのだろうか。

彼の旅立ちを、その背を見送る以外の選択肢が自分にはないことを、ダミアンは知っていた。

間違えるな、『今の』自分には、だ。

無理矢理強気に思って、本を手に取る。
地図を見ようと思った。

地図を見て、行ってしまった彼の旅を思い描こうと思う。
そしていつか追いかけるのだ。
彼の痕跡を辿って、その旅はとても楽しいものになるだろう。

いつか、追いついた時に、言う言葉は何にしよう。

「同じ事を言おうか。」

置いていかれたこの日。
してしまった馬鹿な質問。
そうすればさすがの彼も自分を、今日を思い出してくれるかもしれない。

「捻りがないよな。なら、反対のことを」

『やあ、ケリー。宝の地図は持ってないけど、一緒に行ってもいいかな』

彼は何と答えるだろう。


















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『風花』様:旅人に5のお題。