咄嗟に、という言葉が正しくぴったりとくる。
よくよく考えてみれば色々と無理があった。
それの威力であるとか、タイミングであるとか。
だが、幸か不幸かケリーの意図はまったくもって正しく作用した。

激痛が体を貫いて、次いで力が抜ける感覚。
体が床に崩れ落ちるのがわかる。

力のある声が自分の名を叫ぶのが、どこか遠くで聞こえてしまう意味をケリーは理解していた。

それでも金色の髪が翻るのが見えて、彼は無事なのだとほっとした。
ケリーはこんな状況でも少しだけ笑った。
彼のこんな切羽詰ったような声は中々聞いたことが無かったからだ。
あったとしてもそれは必ずあの黒い天使が関わっていた。

「ケリー!」

どうやら気を失っていたらしく、頬を叩かれて目を開ける。
ケリーは切羽詰っているのは声だけじゃなかったなと、心の中で苦笑した。

「どうした、金色狼。そう情けない顔をするな」

眩しいくらいの美貌は変わらないが、その表情は歪んでいた。

「気にするな。俺がしくじったんだ。」
「こんな所で死ぬなんて冗談じゃないぞ、ケリー!」

随分とはっきりと言う。
ケリーは突きつけられた現実を冷静に受け止めていた。
リィの目には先程とは違って怒りが浮かんでいる。

「ジャスミンやダイアナになんて言えばいいんだ。きっとルーファは泣くぞ。」
「…天使は、そうだろうなぁ。」
「何で俺を庇ったりしたんだ。」
「いや、庇うつもりなんて無かったんだけどな。」

体が自由になれば頭を掻いているところだ。
しかし腕一つ動かすのも億劫だったし、あまり動かすのも得策ではないとケリーは大人しく顔の表情筋だけで不本意を表現しておく。

大体庇っても素直に庇われているようなリィではない。
ただ今回に限っては相手に苦戦していた。
ラー一族の襲撃。
そんなものに割り込んだこっちだって悪いのだ。

「とりあえずお前が無事でよかったよ。」
「全然良くない」
「おいおい、人の親切を無駄にしてくれるな。二人でお陀仏よりマシだろう?」

ケリーとてラー一族の攻撃をよくこの身一つで受けきれたものだと、今になって感心しているくらいだ。
どう考えても確率としては自分ごとリィが貫かれていた可能性の方が高い。
そのラー一族はリィの怒りに触れて消えたようだ。
見慣れた景色が視界に戻ってくる。

「ちょっと待ってろ、助けか医療ロボットか、見つけてきてやる。その間に死んだりしたら許さないからな。」
「はいよ」

少しだけ、短い間でもケリーを置いていくことを躊躇したのだろう、一瞬の間を開けてリィはそれでも立ち上がる。
正しいとケリーは思った。
ここでこうしていても何の解決にもならない。
心情を抑えて行動に移す事を躊躇わない、リィはいつものリィだった。
ケリーは軽く返事をして原状を回復した辺りの風景の扉から小さな体が飛び出していくのを見送った。

それから静かに目を閉じた。
血が流れ出している。
これは現実の痛みで、平気な顔をしていたけれどやはり痛むものは痛む。
血の匂いを嗅ぎ分けるあの金色狼のことだから、自分よりこの状態の意味を知っているんだろうに、思いながらケリーは幾人かの顔を思い浮かべる。

甦り仲間のレティシアとヴァンツァー。
銀の天使の穏やかな微笑。
年上の息子は今度はどんな顔をすることか。

それから黒い天使。

彼自身が二度目はないと言った。
そんなこと先刻承知だったが、それでもきっとルウは哀しむだろう。

規格外れの妻は何となく怒り狂う気がする。
だがきっとあの女王様はこの死に方に関しては納得してくれるに違いない。
それでもリィと黒い天使に借りたものは返しきれていないだろうけど。

ケリー自身、後悔はないのだ。
こんな風な終わりを予想も計画もしていなかったが、こうなったらこうなったで死にたくないと叫ぶ気にはなれない。

短い二度目の人生。
案外悪くは無かった。

ダイアン。

ただ彼女だけには謝りたいと思った。
多分怒りもしないだろう大切な相棒。
彼女だけには伝えたい言葉がある。

ケリーはダイアナに繋がった通信の回復を願ったが、ラー一族の影響か今もその気配は無い。

残念だ。

ケリーは再び目を開けて、戦いの最中にリィが落とした指輪に手を伸ばした。
放り出したまま駆けていってしまったのだ。
金色狼らしい。
もうそれとはわからない苦笑が刻まれた。

それを握りこんで、ケリーは彼が帰ってきたら返そうと思った。
リィ自身はそう重きを置いていないが、これが一般的には大切なアイテムであることには疑いの余地が無い。

そして体中を覆い始める脱力感。
いよいよか。

だが前に死んだ時とは少しだけ違う感覚に違和感を覚え、また笑いたくなった。
そんな風に死の感覚を比べられることが出来るのは、一度正真正銘死んだことのある自分くらいなものだろう。

それがケリーが最後に思ったことだった。








「ケリー?」

唐突に呟いた金髪菫瞳の美人の声にジャスミンは顔を上げた。

「どうした、ダイアナ。」
「…どうした、のかしら。いえ、どうもしないの…かしら?」

彼女らしくない曖昧な物言いにジャスミンは訝しげに眉根を寄せた。

「おかしな感じ。人間ならこういうのをなんて表現するかしら。不安?焦燥?」

ダイアナは意識して言ったのではなく、ただの事実を確認しただけなのだろうが、それはジャスミンにとっては大分不穏な台詞に思えた。

「…あの男はどこにいるんだ、ダイアナ。」
「あら、恐い顔。」
「ダイアナ!」
「…よく、わからないのよ。」

ジャスミンの一喝にダイアンは恐がるでもなく、それでも表面上の繕いを一つため息をついて取り払って言った。
ダイアナは困惑したようにジャスミンに視線を合わせる。
それは反対に答えを求めるような、あるいは縋るような目だった。








「ケリー!」

息せき切ってと表現したいところだが、この人の場合そうはいかない。
体力的にはかなりの余裕を残してリィは部屋に飛び込んできた。

「ケリー?」

しかし直ぐにその声にも戸惑いが表れる。
血がある。
ここのはずだ。
この血の海にケリーは倒れていた。

「…どこに行ったんだ?」

あんな怪我で移動するなんて自殺行為だ。
だが移動した様子もない。
まるで忽然とそこから消えたよう。
痕跡だけがそこにケリーがいたと指し示す。

リィですら状況の把握が出来ずに呆然と立ち尽くす。

「ケリー?」


それは世界から王が消えた日。








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原作では決してあり得ない展開で連載開始。