傭兵。
契約によって報酬を得、かわりにその力を揮う。
つまりは雇われ兵。
それにしてもよくここまで雑多な連中が集まったものだとアスターは思った。
広い居間に集まったのは十数人のゴロツキ。
自分もその一人として数えられるのは微妙な心持ちにならざるを得ないのだが、この際は仕方がない。
色々と事情というものがあるのだと、アスターは部屋を見渡す。
暖炉には火が焚かれ、赤々とした光が暖かさを視覚的に伝えてくる。
壁には幾枚ものお尋ね者の紙が貼り付けてあった。
自分の家だろうに、趣味の悪いことだ。
精々虚勢を張りたくての演出だろう。
何せこれだけの数の傭兵だ。
統制の取れた傭兵団ならともかく、それに所属しない傭兵は個性が強い、悪く言えば素行が悪い、というのが世間の認識であったし、それは紛れもない事実だった。
舐められたら終わりなのだ。
雇い主がいらない誇示をしたくなるものわからないでもない。
しかも貼り付けてあるのは大物の顔ばかり。
堂々と真ん中を占領している面々は誰もが聞き覚えのある名。
オーヴァート・ラスタ
ヘル・オルガ
アスタロト・グランディー
ときて、最後はクレメンスがトリを飾っている。
華やかな顔ぶれと言っていい。
それでも名前と、どこまでが本当かもわからない似顔絵と、幾人かは名前だけという張り紙にどれだけ効果があるのかはアスターとしても興味があった。
笑えるのはただの犯罪者の顔が脇に追いやられ、正面には傭兵の有名ドコロが名を連ねているところだろう。
彼らはここにいるゴロツキどもの頂点。
まさしく自分の腕で成り上がろうとする者たちが一番初めに思い描く栄光。
この寒い中、面積の少ない服装で自分の筋肉を自慢げに晒している彼らも、自分の名を上げ、いつか出来るだけ有名な傭兵団の一員となることが当面の目標だろう。
つまり個人の傭兵とはまだ傭兵団に所属する力も持たないヒヨッコか、傭兵団から忌避される経歴を持った者か、よほどの変わり者か、あるいは傭兵団に所属する必要もない実力と名を持った英雄か。
そのどれにも属さないアスターは中肉中背としては少しばかり背が高く少しばかり肉もついていたが、この無意味に自分の力を披露している連中の中にあってはごくごく平凡であり、小さく細くさえ見えた。
その中にもう一つ、自分と同じく部屋の隅でぽつんと佇む姿に気付く。
これまた変わった人種だとアスターは目を細める。
たまには自分一人で旅をしてみるものだ。
普段は見ることもないものが見えるし、世の中が広くなる。
黒いマントを羽織り、頭からフードを目深く被っているその人物は顔も見えない。
だが、彼は先ほどから嘲りの目で見られている自分より更に輪をかけて平凡な体格のように見えた。
背の高さはアスターとどっこいどっこいといったところで、マントの上からでもわかる筋肉の張りなど望み様もない。
青年と呼ぶには崖っぷちで、オッサンに片足を突っ込んでいる自分よりは幾分か若いくらいか。
本当に傭兵として雇われた仲間なのかと疑いたくもなる。
アスターは同じ目で自分も見られているという事実を無視して思った。
「皆の者、よく集まってくれた」
突然、予告もなく木調の立派な扉が開きそんな声が飛んできた。
目を向ければ笑顔で手を広げる中年。
この家の当主、もといこの領地の領主だ。
それにしては迫力と気品に欠ける。
それはどこも同じだとアスターは心の中で肩を竦める。
むしろ立派な貴族と出会う方が低確率で、そんな人物と出会うと驚かざるを得ないという現状に少々疑問を感じなくもない。
しかしだからこそ争いは起き、自分達も食いっぱぐれる心配をせずにすむと言うのならバカ貴族様々だ。
滔々と続いているハゲの演説を右から左に聞き流してアスターは雇われの身を少々哀れむ。
それにしたって出来るなら雇い主は自分で選びたい。
選択肢のなかった今回の仕事も、引き受けたからにはそれなりにこなすつもりではあったが、これぞ傭兵の業だ。
選択肢は限られていて、そしてその選択の中に自分の望むものがあることはことさら少ない。
それでも命を賭けるのが傭兵団の使命。
どんなに無茶な注文だろうと報酬を得たからには成功させる。
それが傭兵の誇りと名声の秘訣というやつだ。
さて、割とままならない傭兵業について、真に理解しているものがこの中にどれほどいるのだろうかと、期待できない顔ぶれにアスターは小さくため息をついた。
「アスター」
「はいよ」
物思いに耽っている間に名前が呼ばれてアスターは返事をする。
いつの間にやらハゲの隣で、仰々しい飾りのついた紙を手に、書かれているのだろう名を読み上げている執事然とした男がいた。
どうやら契約した傭兵の名を読み上げているようで、アスターは思わずげんなりと息を吐いた。
その必要がどこにあるというのか。
十数人。
言ってしまえばたった十数人。
見渡して数えてみればちゃんと顔ぶれが揃っているかどうかは瞭然。
形式に拘る貴族に碌な者はいない。
アスターの経験から言えば彼らは明らかにそのカテゴリーに分けられた。
「ケリー」
そろそろあらかた読み上げ終わったところでその名が呼ばれた。
あの黒マントの男はなんと言う名だろうと頭の隅で思っていたアスターは直ぐに気付いたが、執事も御当主様もその動きには気付かなかったようだ。
「ケリー」
もう一度呼ばれて、黒マントは小さく息を吐いてやっと声を出す。
思ったよりも涼しげな若い声だった。
「ここにいる」
ひらひらと手を振って存在を主張した。
最初に呼ばれたときから一応彼なりに答えてはいたのだ。
手を上げるというだけの気だるげな主張だったが、アスター以外に気付いた者はいなかったらしく、執事は呼ばれたら直ぐに返事をするようにと注意を促し、当主は唾を飛ばして激怒した。
「その態度は何だ!私は雇い主だぞ。それなりの敬意を表さんか!」
バカはバカでも相当の馬鹿だとアスターは冷えた目線を雇い主に送る。
他の、アスターから見ればまともな傭兵を名乗るのもおこがましい連中でさえ似たような侮蔑の視線を彼に送った。
傭兵は雇い主がいなければ成り立たない職であり、雇い主の命は絶対だ。
だがそれを勘違いをしてもらっては困る。
特に、傭兵を雇う者は必ず心しなければならない大前提だ。
傭兵は彼らに服従するのではなく、忠誠を誓うのでもなく、ただ単に報酬と契約によって縛られただけの関係だということを、だ。
傭兵を名乗ろうとも中身は人間である。
人物によってはそれなりの態度を表すこともあるがそれは決して強制ではない。
傭兵は誰にも心を支配されない。
それこそが矜持だ。
この領地の御当主は完全に傭兵というものを思い違っているらしい。
これで彼が傭兵たちの信望を集める確率は万に一つもなくなった訳だ。
そんな見当違いの罵声を浴びせられた黒マントの表情はフードのせいで見て取れない。
そのことも癇に障ったらしく、当主が喚く。
「大体お前、何故顔を晒さない。見られたくない理由でもあるのか!私がお前の主なのだぞ。その主の前で、無礼だと思わんのか!!」
あきれ返るとはこのことだ。
部屋の中の気配が一気に好戦的になるのを肌で感じてアスターはこれ以上彼が暴言を吐かない事を切に願う。
これ以上ともなればいきり立っている他の傭兵どもが飛び掛りかねない。
いくら碌でもない貴族とはいえ貴族は貴族。
こんな所でお尋ね者にはなりたくない。
どうしようかと思案している間に黒マントが身動ぎをして答えた。
他とは違い怒りの気配を立ち上らせるでもなく、伸びやかで優雅ですらある声。
「それは失礼」
そしてフードに簡単に手をかけた。
こんなところまでもそれを被ったままだったのだから、余程見られたくない事情があるのだろうと思っていたのだが、その軽さに拍子抜けした。
なら最初から取っておけよと思ったのは何もアスターだけではないだろう。
実は大物のお尋ね者だったりしないだろうなと、小さな期待をのせていたアスターはそれでも驚いた。
ばさりと落したフードの影から現れた顔は部屋にあるお尋ね者の誰でもなく、だが思わずなるほど彼がフードを被っていた訳に納得する。
出来るなら晒したくなかったのだろう。
誰が見ても美形と断言する顔。
そして若い。
褐色の健康的な肌に暗い髪色はよく似合っていたし、アスターと同じような背の割りに細身の体も不釣合いではなかった。
鋭く冷たい印象を抱かせる顔はまだ少年のカケラを残して、しかし酷く蠱惑的に映った。
彼は特に不快な顔をするでもなく、思わず黙り込んだ面々にひょいと片眉を上げて、わかっていたとでも言うように肩を竦めた。
琥珀色の瞳が自分に向いたような気がして思わずぎくりと体を強張らせる。
それをふっと彼が笑う。
そうするとそれまでの冷たさが薄れて、思いの他雰囲気が和らぐ。
思わず赤面したくなったのを、大人の男としての矜持を総動員してわざわざ渋面を作った。
それがどれほど成功していたかは、彼の小さく笑みを刻んだままの口の端をみるに、甚だ疑問だが、思わずアスターがそうしてしまうほどに雰囲気のある人間だった。
こういう男を久しぶりに見た。
アスターは男と言い切ってしまうにはまだ成長しきっていないだろう彼にそんな感想を抱いた。
ごくごく大人に近づいた最後の少年期と言ったところか。
彼はアスターが思っていたよりも若かった。
この中では断トツに最年少だろう。
「どうぞ」
しんとしてしまった部屋で声を発したのはケリーと呼ばれた彼。
話を続けてくれと促して、またすっと部屋の端で静かに佇む。
はっとしたように執事が残りの名前を読み上げていく中で、アスターはお節介かもしれない心配を始める。
当主の目はいまだにケリーに張り付いていたし、同じ傭兵の連中にしても同じようにケリーをちらちらと見ている。
ケリーはそれに気付かないのか、目を閉じて平静を享受していた。
驚愕から一転、その顔に段々とよからぬ色が浮かんでいくのをアスターは苦々しく感知する。
つまりは好色なそれ。
未来ある青少年の純真な心を手折るわけにはいくまいと、アスターは何だかんだと常識人で世話焼きで、なおかつそれなりの経験値を持っていて彼を守る実力がある自分を恨めしく思いながらケリーに近づいた。
そんなものは杞憂だったわけだが、とにかくそれが彼との出会いだった。
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またもや思いつきで書いてみる。
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