二人一組の見回り。

隣の年若い相棒を少々居心地悪く感じながらアスターは不精しているうちに伸びてきた顎鬚をぼりぼりと掻いた。

夜の散歩は中々雰囲気があって、降り積もった雪を踏むたびにざくざくと音がする。
新雪に足跡を残しながらアスターとケリーの、仲間達が言うには一番頼りなさそうな二人組は屋敷の周りを歩く。

「…なあ」

無言の空間に耐え切れなくなったのはアスターの方で、アスターは口を開いたついでにケリーに問いかけた。

「何で俺と組んだんだ」

お前と組みたがっている奴はたくさんいた。
そう言外に伝えて、何で寄りにもよってあまり強そうには見えない自分を選んだのか、ずっと疑問だったのだと聞いた。
まあケリーが他の奴と組んだ時にはアスターの胃痛が酷いことになる予定だったのでアスターとしては願ったり叶ったりだったのだが。

「あんたが一番まともだから」

冷たい美貌から会話を拒否されるかとも思っていたが、ケリーは答えた。
答えは幾分か捉え方に含みを持たせたもので、アスターは思考する。

まともとは何ぞや。
『まとも』の定義を彼に聞いていいものか、しばし迷ってアスターはやめた。
ここは素直に褒め言葉と受け取っておこうと思ったのだ。

「大体お前、そんなひょろっこい体で何で傭兵なんてなったんだ。」
「…いや、なろうと思ってなったわけじゃないんだがな。」

道中金を稼ぐにはこれが一番手っ取り早かっただけで、決して傭兵なんぞという職を志したわけではない。

「手っ取り早い?ははーん、お前も田舎から出てきて成り上がろうとか思った口か。」

どこか緊張していたアスターがケリーの問答に肩の力を抜いて軽口を叩いた。
どうやらアスターは最初の邂逅のあれやこれやを忘れて、彼を年下の世間知らずとして扱うことにしたらしい。

ケリーとしてはどうでもいいことだ。
とにかくアスターの認識は脇において、彼の言葉を存外真面目に考えてみる。
さて、成り上がろうと思った覚えはないし、大華三国と呼ばれるあの国を田舎と言っていいものか、ケリーは少々悩んだ。

しかしそれすらもアスターは都合のいいように解釈してケリーの背を勢いよく叩いた。

「はっはっは、何も持たない者が成り上がるには傭兵は一番簡単な方法だからな」

見た目は普通と変わらないアスターも傭兵を名乗るだけあってその力は強い。
思わずつんのめるのをケリーは恨めしそうにアスターを見る。
それにアスターは更に笑い声を大きくした。

「お前はどこを目指してるんだ?」
「どこ?目的地は特にないが」

とりあえず更に南に足を伸ばしてみようと思っている、という言葉は声には出さなかった。
海を介しては多くの港に寄ったが、この場所のように足を使わなければ辿り着けない場所もある。
南部に乱立する小国。
しかし標高の高さゆえに雪に囲まれた海遠い地。
ケリーはまだこの世界の全てを知らない。

「違うだろ!お前傭兵同士の会話だぞ。そう聞かれたら答えるのは傭兵団の名前しかないだろうが」
「傭兵団の名前?」

アスターの呆れたような声がケリーを現実に引き戻す。
しかしその言葉はさっぱり意味がわからなかった。
本気で首を傾げるケリーにアスターは深々とため息をついた。

「お前、本当に田舎者なんだな。一番簡単な道だからって傭兵業を舐めるんじゃないぞ」

情報とは武器である。
武器を求めずにこんなあるいは修羅とも呼ばれる道に足を踏み入れたケリーを嗜めるようにアスターは彼の頭に手を置いた。

「小僧、お前は何で傭兵になろうなんて思った。それは名誉も金も名声も栄光も実力次第で手に入れられるからに他ならないだろう」

いや、とは言わなかった。
どうも語ることに悦に入っているようなので放っておくことにしたのだ。
それに情報はあるに越したことはない。
ケリーは素直に耳を傾けた。

彼が語るにはこの南部の小国に傭兵という職が定着したのは結構な昔らしい。
諸国は豊かな国土に恵まれていた。
つまりは戦なんぞしないでも真面目に働けば相応の収穫が得られたのだ。

戦は野心から生まれる。
国を作り、国を倒し、英雄たらんと欲した者たちが争うものだった。

次々に興っては消えていく国に愛国心が湧くわけもなく。
豊饒の大地は彼らに祝福を与え、人心は盛大な報酬より平和と身に合った幸せを望んだ。
戦を放棄した民を無理矢理に戦場に引きずり出せば国は根幹から崩壊する。
変わって台頭したのが傭兵。

報酬によって働く彼らは重宝された。
農民や放牧民を兵に仕立て上げるより、彼らは初めから使い勝手のいい戦闘に特化した即戦力の集団だったのだから。

やがて個人的に雇われていた傭兵にも集団ができる。
使い捨てられないために、生き残る可能性を高くするために、より多くの報酬を得るために。

ギルドが生まれ、傭兵団が生まれ、ルールが生まれた。

「傭兵団はそれまで出来なかったことを可能にした。大規模で綿密な作戦行動だったり、何よりも集団となったからには規律で縛られることになり、それによって傭兵の粗野粗暴の印象はがらりと変わった。」

初めて顔を合わせた者同士で行われる綿密な作戦行動など早々成功しないことなど誰にでもわかる。
いささか単純だった戦闘がそのころから複雑化してきたのを進歩と見るべきか、それとも罪深き業と捉えるかは人によるだろう。

「そして傭兵団にも優劣がつくようになる。」

当然のことだ。
戦に勝敗があるようにそれは当たり前に出来てくる実力の差。

「歴史を紐解けば分別方法の種類は数限りない。だが今現在に限定して言ってしまえば誰にでも通じるランクは一つ。大別して5種に分けるのが一般的だな。」

個人傭兵がただ徒党を組んだだけの畜級。
傭兵団としては認められる低級。
ある程度の中級。
実力に文句は言えない上級。
高みの最級。

「傭兵になるなら一にも二にもまずは傭兵団に属することだ。傭兵団にも属さない傭兵は世の中の扱いでも、傭兵たちの中でも屑同然。」
「そういうことか」

長々とした説明の果てにケリーは納得した。
つまりアスターはどの傭兵団に所属するのが目標だと聞いたのだ。

「と、言っても傭兵団の名など一つも知らんな」
「…本当にお前は傭兵になりたくてなったのか?」

何だか哀れみの目を感じる。
どうせこのお人好しそうなアスターのことだから傭兵に身をやつさなければならなくなった事情でも勝手に想像してくれてるんだろう。
ケリーは否定もせずに更なる情報収集に励む。

「で、有名なのは?その最級の傭兵団か、やっぱり。」
「最級の傭兵団の名前なんて農民から貴族まで普遍的に王の名より知られてると思っていたが…やはり旅はしてみるものだ。」

ケリーはどちらかと言えば自分が特殊な部類に入ることを知っていたが、一人頷いているアスターにその常識は間違ってないとは教えてやらなかった。

「最級と言ったら今は二つ。時にはもう一団加えることもあるが、とにかく誰もが文句なしにそれと答えるのはラスタとオルガだろう」

ケリーはそれを聞いて首をかしげた。
なにやら聞いた事のあるようなないような。
その様子にアスターは笑う。

「居間に張り紙があったろう」
「ああ」

合点がいってケリーが手を叩く。

「オーヴァート・ラスタとヘル・オルガ!」
「…よく覚えてるな、お前。あれがそれぞれの団長だよ」

感心してアスターが言った。
傭兵団を知らなかった彼ならあの張り紙の意味も知らなかったはずだ。
それを覚えているとは、中々見所がある奴だとアスターは思う。

「団長の名が隊の名になるのは伝統か?」

ケリーが思ったことを口にしたが、アスターはきょとんとした。
それから自分の常識が彼にはまったく通じないことに改めて驚く。
だが、初めて聞いた者はこう反応するのだろうという新鮮さにアスターはちょっとした感動を覚えていた。

「いや、それは団長の名じゃあない。大体にしてラスタはすでに100年を誇る歴史があるし、どちらかと言えば新興に分類されるオルガでも20年以上続いてるんだぞ。そうすると両団長はすでに齢120と40を越える超老人だろうが。」
「そりゃあすごいな」
「だから違うって!団に所属すれば誰でも団の名を名乗る。それが傭兵団に所属する傭兵の決まり!」

どこの所属かわかりやすいだろう?
そう言ってアスターは思わず興奮した声を抑える。

「じゃ、あれか。あの張り紙。アスタロト・グランディーとクレメンス・グランディーってのは兄弟じゃなくて同じ傭兵団所属ってことになるのか」
「正解!」

合理的だとケリーは頷く。

「で、グランディーってのは上級?」
「人によって上級に数えたり、最級の一つに加えたり、微妙なところだな」

ふーん。
相槌は何か思い至ったからか、アスターは思わずケリーの顔を覗き込む。
そこにはアスターの思いを肯定するものは何も浮かんでおらず、アスターは安堵だか落胆だかわからない感情に首を捻る。

下らない話は唐突に終わった。

「で、だ。アスター?」
「…やっぱりお前生意気」

にやりと笑って初めて自分の名を呼んだケリーの意図に気付いてアスターは呟いた。
それから暗い闇が広がる雪原に目を向ける。

「ただの偵察だ、気にするな。とりあえず見回りの任務は終わった。屋敷に戻ろう」

あの潜む気配に気付いていたとは恐れ入る。
ケリーの勘だが当てずっぽうだかわからない指摘に感心しながらもアスターはケリーを促す。
実のところ寒い場所は苦手なのだ。

「あんたも大概いい性格してるよ」

くつくつとケリーが笑っていた。
最初からその存在に気付いていたくせに偵察を追い払うわけでもなく世間話に興じて、最後は見回ることが自分達の任務だったのだからそれを無事に果たした今、さっさと帰ろうというのだ。
なるほど、自分達は見回りを仰せつかっただけで敵の撃退排除を命じられてはいない。
常識的に考えれば見回りとはそれ『込み』なのだろうが、アスターはそれを自分の都合のいいように解釈することにしたらしい。

「褒めていると思っておこう」
「褒めてるんだよ」

ケリーはもう一度笑った。







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思ったよりも長くなってちょっと焦ってます。