イヴンは聞き間違えたのではなかったのだとウォルの顔を見て悟る。
自分の耳がおかしいのではない。

では、いつの間にかその言葉の意味が変わっていたのだろう。
それ以外に考えられない。

第一王位継承者。
…って、つまり何だ?

「次期王の第一候補ってことだろう。」

然り。
以前はそう云う意味だった。

苦虫を一気に百匹は噛み殺しているのではないかと思われるような顔をしたケリーがイヴンが知っている事を言葉にする。

しかしイヴンは首を振った。

そうじゃない。
それ以外の意味を知りたいのだ。
時代は変わる。
言葉も変化する。

「…往生際が悪いぞ。いい加減現実を見ろ。」

大勢の目線。
好奇に満ちたその色の中にはケリーの、あるいはイヴンの見慣れた熱が混じる。
崇拝。
憧憬。
欲。
嫉妬。
反発。
疑惑。
ウォルに向けられていたのと同じものが、今ケリーに注がれている。

イヴンはその不快さにそのままケリーを連れて退出したくなった。
いくら大人びているからといって、まだ少年のケリーにとってそれがいいものだとは思えない。

ケリーはそんな的外れな友人の心情を知ってか知らずにか、既視感に目を細める。

懐かしい空気だぜ、女王。

宇宙一の財閥の一人娘。
その彼女の突然の記者会見は彼女自身よりも隣に座っていた男に向けられていた。
針のむしろと言ってもよかったその席で、だが男は表情一つ変えずに飄々と受け流したものだ。

「で?」

沈黙の降りた会場にケリーの声が響く。

「はい?」

短い促しは彼には通じなかったようで、突然話しかけられた老人は間抜けにもまともな反応を返せなかった。

「何で俺が第一継承者なんて話になった?この国には立派な王族がいるんだろう?」

ウォルをちらと見て、ケリーは疑問の意図を説明する。
ウォルには息子がいる。
息子がいなくともあの従弟がいる。
多分、口うるさいあの男は立派にその勤めを果たせるだけの器を持っているだろう。
その天邪鬼な男には二人の子供がいた。

不自由はしていない。
どころか、継承権の争いが起きる可能性の方が多い現状で、どうして見ず知らずの自分が突然第一継承者なんぞに祭り上げられなければいけないのか。
よっぽどの事情がなければ有り得ない。

「当然のことだと思いますが?」

それでも本当にケリーの言っている事が理解できないかのようにジジイが言う。
何がどう当然なんだ。
それを教えてもらいたい。

「貴方は王族の中の王族。」

もはやウォルもイヴンも誰も驚かない。
ただ疲れたようにため息をつくのみ。
彼らの言い分は理解の範疇を超えていた。

「……王族ってのは血で繋がっているものじゃないのか?」

これまたどうして自分がその一員に数えられているのか、ケリーはもう何を言われても驚かない心積もりでウォルに聞いた。

「少なくとも俺の知っている範囲内ではその通りだったはずだが。」

はて、いつの間にか変わったらしいとウォルも呟く。
普段のぞんざいな口調が覗いているが、それは許してもらおう。

「何を仰います、そのお方は王の直系のはず」

ジジイが何を空っとぼけているのかと笑い飛ばす。

「俺はいつの間にあんたと血が繋がったんだ?」
「さあ?」

互いに似たところのない二人が顔を見合わせて埒の明かない会話にうんざりとため息をつく。

しかしイヴンは二人が見事にシンクロしたその仕草を見てなるほどと思う。
顔に似たところはない。
だが、イヴンも何度かケリーといて既視感に似た思いを抱いたことがある。
正体のわからなかったそれに唐突に思い至った。
ウォルだ。

ケリーとウォルはどこか似ている。
似ているのとは違うかもしれない、正しく言えば共通点が多い。

それが傍から見れば血の繋がりと勘違いされたのだろうか。

それにしては根拠が薄い。
イヴンは改めて波乱を巻き起こしてくれたジジイを見る。
答えをくれるのは彼だけなのだ。

「その方は天からいらしたのでしょう?」

天。
宇宙と次元の概念がないここではそういう言い方しか出来ないだろうと、ケリーは妥協の末頷く。

途端におおと周りがざわめく。
何だ、おかしな事を言ったか?

「やはり、やはり!」
「おお、これでわが国の未来も更なる発展と安定が約束されたようなもの!」

だめだ話が通じない。
一斉に興奮気味に話し出した周りに、置いてきぼりを食らった三人でジジイを見下ろす。
いい加減に話を進めてくれ。
核心がわからない。

「で、ですからそのお方はかの王妃と同じところからいらっしゃったということ。」

まあ、その通りだ。
ジジイが三人の目線に怯みながら説明を続ける。

しかし何故にそこで彼の人が登場するのか。
わからずも、もの凄く嫌な予感にケリーは腰を上げた。

「ケリー、どこに行く。」
「いや、ちょっと、本能が身の危険を叫んでてな。こういうのは従うに限るんだ。」

イヴンに見咎められ、無言でウォルに首根っこを掴まれて素直に答える。
逃亡は阻止されて、仕方なくケリーは座りなおす。

「先をどうぞ。」

イヴンがにっこりとジジイに笑いかける。
その顔が些か強張っていたのはケリーと同じく何かしらを感じ取っているからかもしれない。

「イヴンよ、世の中には知らない方がいいこともあると思うぞ。」
「お前は気にならないのか。」
「気になるが、勇気と無謀は別物だろう。俺はこのまま突っ込んでいけば自爆が待っている気がしてならないんだが。」

できれば聞きたくない。
ごにょごにょと二人が言い争っているがジジイは中々の豪傑で、その二人を無視して、王に目を向けた。

「大歓迎です。彼のお方に連なる跡継ぎ、これ程心強いことはない。」
「待て待て待て!お前何を言おうとしてる!?」

イヴンが青ざめた顔で必死に詰問する。
違うよな、否定してくれとばかりのその様子にケリーも呟く。

「これ以上聞けば俺のやわなハートが止まりそうだ。」

留めの言葉を促したのは当の王だった。

「…つまり?」
「ウォル!俺が悪かった、ケリーの言う通りだ。世の中には聞かないで済むならそれに超したことのないこともある!!」

三人の豪傑を心底氷らせたのはやはり目の前のジジイだった。
多分彼の人生、最初で最後の大功績だっただろう。

「王と王妃のお子なら当然次期王は彼であるべきです。」

多分本気で立ったまま気絶した。
多分心臓も幾分か止まった。
むしろ常識で出来た世界が崩壊する音をはっきりとこの耳で聞いた。

…………………………………この衝撃を何と表現しよう。

誰もが口を開けずにいた中、こうなったら毒を食らわば皿までもの心境でケリーが確認してみる。

「俺が、一体、誰の、子だって?」
「ですから、王妃と、ウォル王の息子。つまるところ、王のご長男ということになります。」

イヴンが壊れた。

「ふ、ふはははははははははは!!」
「いや、イヴンよ、気持ちはわからなくもないが。」
「俺も正気を放棄したい…」

遠い目でどこぞを見ている王も似たり寄ったりだ。

「せっかく生き残ったのに、俺は金色狼に殺されるんだろうな。」
「…多分俺もだ。」

ケリーとウォルが自分の命について諦めるほど衝撃的なこの仮説。
リィが聞いたら大激怒どころではない。

「否定だけはさせてもらおう、物理的に無理だ。」

ウォルを息子といわれる方がまだ合理的。
ましてや。

「金色狼が俺の母親…」

口に出して、その違和感に激しく動揺する。

「俺が知っている金色狼は少なくとも男だぜえ?」

それ以前に年齢的に無理だ。
何せ母親どころか、金色狼は自分の孫と同級生。
何が哀しくて息子と同年代のウォルを父親、孫と同年代の少年を母親と呼ばなければならないのか。

捻じ曲げに、捻じ曲げた感じのケリーの素性は王妃の正体を知っているが故に誰にも予測できなかったものだった。

あまりに現実離れした話に、お決まりの台詞も出てこない。

「ダイアン、早く迎えに来てくれ。」

もはや他力本願に頼る。
人生で初めての経験だった。










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あ・り・え・な・い!!!
しかしそれがわからない人々(笑)