有り得ない。

そう、あの王妃。
有り得ない事とわかっているから誰も思い至らない。
しかし周りのものは違う。
有り得ないという簡単な、常識と同じように存在するそれが理解できない。

何故そんな簡単なことがわからないんだともどかしく思う。

しかし幾ら言を尽くしても、彼らは首を捻るばかり。
それは一体何語を話しているんだといっているような表情だった。

『共用語で喋ってくれ。』

いつだったか天使に何度か言った。
その時のルウの気持ちが少しだけわかるような気がする。

重々しい雰囲気と、この世の終わりでも見たかのような三人。
集められた者は訝しげに三人を見る。

「一大事だ。」
「この世の、な。」

端的にそれだけを聞いても訳がわからない。
昨晩の自分達の姿を見ているようでケリーは苦笑した。

三人はそれぞれに昨晩の衝撃をどうにか納めて、冷静に話そうと試みる。
しかし口にするのも恐ろしい話だ。
押し付けあい、結局はウォルが昨夜の出来事を説明する。

真っ青になったのは女性陣。
何を深刻な顔をして、と小ばかにしていたバルロはワインを噴き出した上に咳が止まらない。
宰相は卒倒しそうになって傍の支えに身を預ける始末。

「あの王妃に限って、あり得ん!」
「同感だ。」

咳を抑えてバルロが言った言葉は皆の声を代弁していた。
引き攣りながらも自分よりパニクっている人々を眺めて、イヴンが賛同。

「小僧!ちゃんと否定したんだろうな!!」
「や、したけど」
「多分伝わってないだろうな、あの分じゃ。」
「というか、聞こえていないようだったぞ」

都合の悪いことは聞こえないというある種の特殊能力を持つものはここにも多いらしい。

三人三様にため息。

「冗談じゃないぜ、王位継承者なんて」

ダイアナと女王と、自由を謳歌していたつい先日が懐かしい。

「ふん、案外貴様が流した噂ではないのか」
「それこそ冗談。国なんて面倒臭いモノ、今更背負いたか無い。」

ウォルたちには悪いがこの国には興味がない。
この国というより、権力そのものに食指が湧かない。

かつてはデルフィニアなどより多くの地、多くの財産を持って、多くの人を動かし、多分目の前の王よりも大きな権力を持っていた。
自分で決めてやっていたことだが、ケリー自身がより多くと望んだことはない。

久々に空を飛びたくなる。
しかしここにはケリーの羽がなかった。

「俺はここを出た方がいいな?」

確認のように聞く。

恩は十分受けた。
この世界の知識もそれなりに蓄えた。

「いや、いかんぞ。ケリーどの」

ケリーは眉を上げる。

「自分の都合で止めているわけではないのだ。」

引き止めることが彼の負担になるならこの国を出て行く事を止めるいわれはない。
しかし懸念があった。

「今出て行っても噂が消えるわけではない。ケリーどのの身が危険だ。」

確かにとナシアスが頷く。

「厳しいかもしれないが、暗殺ならまだいい。しかしその身を利用されることすら考えられる。」

それはこちら側にとってありがたくない。

「その通りだ。せめて噂が消えるか、完全に否定できるまでケリー殿にはここにいてもらわなければならん。」

将軍が重々しく頷く。
ケリーはわからなくもない理由にもう一つため息。

「馬鹿馬鹿しい噂が大きくなったもんだな。」
「噂を甘く見るなよ」

見ちゃあいない。
その恐ろしさは嫌というほど知っている。
経済界の頂点を何十年も張ってきた。
政財界とも深く関わった。
それこそ今更だ。

「いっそ本当に息子になるか?」

ぽんと手を打って王がおかしな事を言い出す。
しかしほとんどの者がまた始まったと聞き流した。
ケリーだけがすっと目を細めて聞き流せない暴言を捕らえる。

「何だ、いいではないか。リィだってもとは俺の娘だぞ。」
「で、息子になって?リィが王妃になったように俺は王になるのか?」

本気で冗談じゃない。
この王はいい意味で変わっていて、あまりその地位に拘っている様子がない。
だがそう簡単に血も繋がらない他人に、王位を譲るなどと冗談でも言っていいものではない。

突然氷りついた空気に誰もが息を飲む。
それは知った空気。

「…ケリーどの。俺は王だが、王というものはその地位を欲しがらないものが持つくらいが丁度いいと考えている。」

ウォルだけが冷えた空気の中、当たり前に受け答えをする。
ケリーは長く権力者を見続けた目で、ウォルの考えが確かに納得できた。

「ケリーどの、俺は思うのだがな。」

ケリーの目を覗き込んで、ウォルもまたすっと真剣になる。

「多分、王になるのにあなたほど相応しい人物はいない。」
「王様、俺は言ったぜ。口は慎んだ方がいいと。」
「ほら、やはりあなたは王位になど興味が無い。」

ぎろりと変わり者の王を睨む。

「迷惑だ。」
「だろうな。残念だ。」

これ以上言い募ろうものなら殴ってやろうかと思っていたところであっさりと王が引く。
ほとんど捉えられないケリーの逆鱗を、彼は珍しくも把握していた。
ケリーもふんと鼻で笑い飛ばして、怒気に似た気配を納める。

一気に緩んだ空気にほっとして皆が力を抜いた時、王が思いついたように聞く。

「ケリーどの。王妃の故郷で、あなたは何と呼ばれていた?」

なんの意図があったのか知らない。
だがケリーはふむと一瞬考えて、それからウォルと目を合わせてにやりと笑った。

「キング・ケリー」









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