久々な気がする学校で、ケリーは生徒達の目線の意味にやっと納得がいった。
あの馬鹿らしい噂のせいだ。
ケリーがその噂を笑い飛ばしてもしばらくは疑わしい目で見られたが、彼の王となるべく距離を置いたこともあって次第に生徒達の態度は緩和してきた。
たまに近づいてくる権力欲にまみれた大人たちは長年で培った経験を生かしてのらりくらりと煙に巻く。
そういう意味ではこの閉鎖された学校という空間は大変ありがたい働きをしてくれた。
容易に大人が近づけない場所といえばここほど最適なところはないからだ。
たまの外出時にここぞとばかりに近づいてくる奴らは同行したイヴンかバルロかナシアス辺りの牽制ですごすごと引き下がっていく。
一人で行動するな!と注意を受けてから早数ヶ月、いい加減鬱屈したものが溜まる。
その間に事態の進展はほとんど見られないのだからため息もつきたくなるというもの。
大体おかしいのだ。
ケリーは考え込む。
根拠のない噂はいつしか収まるものだ。
それが、表立っては沈静化してはいるものの、相変わらず流布し続けている。
最初は楽観視していたが、ここまで長引くと何か別の力が働いているとしか思えなくなってきた。
誰かが意図的に広めているというのが一番ありえる線だ。
だが何のために?
それこそ理由が見当たらない。
ケリーが第一王位継承者になって得する者など、異世界からやってきた縁者のいないケリーには思い当たらない。
「ケリー何やってんだ、遅れるぞ!」
ばたばたと隣を駆け抜けながらクラスメイトが声をかけてくる。
ケリーは手を上げて答えながら、思考を日常に戻す。
「…考えても仕方ないか。」
当分は身動きが取れない。
我慢できるまではイヴンたちが糸口を掴んでくるのを大人しく待つことにする。
のんびりと歩きつつも授業開始の鐘が鳴り終わる前にケリーは先に走っていった級友の群れに合流した。
丁度教師が姿を現す。
ぎりぎりで間に合ったなと小声で話しかけられてケリーは適当に頷く。
「いつもより遅かったのはこの授業だからか?」
ケリーはいつも最後に席に着くから、今日も意図はなかった。
しかしからかう様に言われて、ケリーは顔を上げる。
彼らはケリーが慌てる様を見た事がない。
いつも泰然自若。
そのケリーにも苦手なものがある。
適当にやっているようにしか見えないケリーにどこをとっても勝てない彼らはそれを話題にしないわけにはいかない。
目の前には厩舎。
時々嘶く声が聞こえてケリーは軽くため息をついた。
「はっはっは、ケリーそう深刻になるなよ。何なら俺たちが教えてやるぜ。」
唯一優越感に浸れるこの授業。
乗馬。
ケリーとて乗れないわけではないのだ。
うまく操れないだけで。
先日の落馬はそれなりに皆の意識に新しい。
珍しく青い顔をしたケリーに声をかければ「酔った」と一言。
隣でその話題に触れ大笑いしている彼らを教師が一喝する。
「馬は臆病な生き物だと心に刻んでおけ」
物音にすら驚く馬の前でそう暴れるなと注意されたのだ。
ケリーは外に出されてくる馬を見上げた。
そうなのだ。
馬は臆病すぎる。
「ほら、ケリー見てみろよ。」
お手本とばかりに大笑いしてくれた級友が馬の目を覗き込んで体を撫でてやる。
気持ち良さそうに目を細める馬を見て、教師が満足そうにその調子だと声をかけている。
ケリーはもう一つため息をついて自分にあてがわれた馬に向き直る。
じっとこっちを見ていた馬と目が合う。
ああ、しまった。
案の定、馬が一歩後退りながら目を逸らす。
「脅してる訳じゃないんだが」
頭を掻きながらケリーは心底困って呟く。
馬が萎縮していくのがわかる。
また駄目だ。
この馬も使い物にならない。
こんなギクシャクと動く馬に乗って酔わない方がどうかしている。
ダイアン、お前に会いたいぜ。
互いを預け、一体感を伴って空を飛んだ相棒。
それと同じにしてはいけないのだろうが、違和感を抱き続けながら乗る馬の乗り心地ははっきり言って最悪だ。
しかも馬が繊細とはよく言ったもので、それを敏感に感じ取って、パニックになりどうしていいかわからず最後には動くことすらできなくなる馬までいる。
切れて暴走する奴もいた。
ケリーが近づけばビクビクと首を縮め、撫でてやれば緊張で震えだす始末。
「何もとって喰おうなんて思っちゃいないぜ?」
話しかけても心は通じない。
上目使いで覗うその目は何もしてないのにまるで、済みませんと謝られているようだ。
「わかったよ、これ以上は近づかない。」
ケリーは手を離して、教師に早退の許可を取りに行く。
そういうわけで、ケリーは乗馬の授業にはほとんど出ない。
意外な声がかかったのはそれを聞きつけたイヴンの奥方からだった。
「ロアに来てみない?」
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馬に怯えられるケリー。なぜなら怪獣だから(笑)
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