ぴよぴよぴよ。
相も変わらずひよこは健在だ。
グライアの話は剛速球でこのコーラルまで届いたようだが、ここの生徒達の態度は変わらなかった。
地位や噂に惑わされないというような立派なものではなく、ただ単にケリーの乗馬を目の前で見ていた故にである。
つまるところ。
「ケリーも大変だなあ、あんな根も葉もない噂を流されて。」
「だよねー、ケリーに馬が乗りこなせるわけないのに。」
と、おおむね同情的なのである。
なおかつ。
「やっぱり噂って当てにならない」
と、元々の始まりであった王妃の息子説にも懐疑的になってくれている。
ケリーは都合のいい状況に、わざわざ説明する事もなく、多少の本当が混じっている事は黙っておいた。
事が起きたのはそんな騒がしいんだか静かなんだかよくわからない日々の中。
「ケリー、どうやったらもてるんだよ。」
どうでもいい話題を曖昧に答えていた寄宿舎への帰り道。
ふとケリーは足を止める。
「うわっと!ケリー、突然止まるな!!」
同じ部屋の三人と歩く道はもう日が落ちかけた逢魔が刻。
実を言えばこの時間帯が一番物が見えにくい。
ケリーは同室組に文句を言われながらも、それが耳に入っていないように目を細めた。
ケリーたちが立つのは草っ原。
直ぐ先には建物が立ち並んだ路地が始まっている。
路地の正面から差し込んだ夕陽のせいで路地はほとんどぼやけて見えた。
それでもケリーは確信を持って口を開く。
「…誰だ?」
「ケリー?何?」
「そこで何してる。」
詰問よりは静かに、ケリーの声が響いた。
どう考えても自分達に話しかけているのではないケリーの様子に、少年達もおかしいことに気付いて、ケリーの目線の先に怯えたように目を凝らす。
「な、何があるって言うんだよ、ケリー」
がさりと音がして、少年達がびくりと身を揺らした。
いつの間にか風が止んで、音がない。
不気味な時間だった。
「離れてろ」
ケリーが護身用に持っている剣に手をかけたのを見て少年達が一歩後退る。
ただ事ではない。
いつも一緒に笑って、馬鹿な話に興じていた仲間。
ずば抜けた美貌を持ってはいたが、それでも苦手なものもあって、困った顔をして笑うと途端に近づきやすくなる。
何でもさらりとこなす様は時々プライドに触ったが、ケリーはいい奴だった。
「ケリー…」
呼ぶのが精一杯。
話しかけることも出来ない。
触れたら切れそうな緊張感。
感じたことがある。
いつか、目を輝かして見に行った騎士団の交流試合で。
あるいは戦支度をする父の背に。
遠く拝顔した王の姿にも。
「そいつを置いて、下がれ」
ケリーが誰かに言う。
「ダミアン、意識があるなら返事をしろ。」
その言葉に息を飲む。
返事はなかった。
ケリーの舌打ちが聞こえて、少年達は遅まきながら事態を薄っすらと把握したのだ。
今も沈み行く太陽の影が濃くなる。
確かに地面に倒れている人の姿が確認できた。
少年達は一斉に青ざめる。
出来る事ならこのまま叫んで逃げ出したい。
そうしなかったのはケリーがいたからだ。
何故か、ケリーは男の誇りを刺激する。
どうしても、彼にだけは軽蔑されたくない。
そんな小さな矜持が少年達を踏みとどまらせていた。
しかし事態は好転どころか暗転した。
「しまっ!」
ケリーの声に反応するよりも先に後頭部に衝撃。
ケリーの厳しい顔が最後に見えた。
「う!」
「大丈夫か!?」
気がついてみれば日はすっかり沈んで暗闇の中。
起きだして来た少年と介抱していた二人、人数が足りない。
「ケリーとダミアンは!?」
月明かりの少ない中、懸命に相手の表情を覗おうと近づく。
首を振る気配だけがした。
「ど、どうしよう…!」
血の匂いはしない。
ならば連れ去られたのだろうと推測がついて途方にくれる。
自分達でどうにかなる範囲ではない。
「誰かに助けを!」
「落ち着けよ」
「落ち着けって何だよ、今こうしているうちにも二人が危険な目にあってるのかもしれないんだぞ!」
「わかってるよ」
わかってるけど。
二人が顔を見合わせて困惑気味に頷く。
彼は先に気を失ったから何も知らない。
「何だよ、わっかんねーよ!」
「…ケリーが、待ってろって。」
少し時間を稼げと、最後に言ったのだ。
抵抗らしい抵抗もしないまま、姿も確かめられなかった者にダミアンと連れて行かれた。
「そ、そんな言葉を信じるってのか!?どうかしてる!」
悲鳴に似た声を上げるのを咎められて、口を塞がれた。
「だって!犯人だってこのことが世間にばれれば…二人を殺さざるを得なくなるじゃないか!」
ケリーが黙って連れて行かれたというのならダミアンはあの時点で生きていたのだ。
目的は殺人にあらず。
では可能性として高いのは誘拐。
そして秘密裏に行なわれるのが誘拐。
大事になってしまえばそれは失敗だ。
犯人は面が割れていなければ目撃者、つまり被害者を殺して逃げればいいだけである。
「だから黙ってるって言うのか?何の解決にもならないよ!!」
「…ケリーがいる。」
段々と大きくなっていた声を止めて、静かに響いた名にはっとする。
「ケリーが一緒だ。」
「…だから何だってんだよ。ケリーだって俺たちと同じ学生だぞ。」
「俺はケリーを信じる。」
きっぱりと言い切ったのは初めはケリーに反発心を顕にしていた少年。
「ケリーは俺たちと同じじゃないよ。」
最初はそれを認められなくて反感ばかり抱いていたけど、一度受け入れてしまえば彼ほど信じるに値する者はいない。
今回だって、皆が混乱している中、一人冷静だった。
「ケリーなら何とかしてくれる。」
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名前をつけたからには何か使わないと…という理由で災難なダミアン少年。
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