殴られて、気絶した。
実際は攻撃をちょっと外して、気を失ったのはほんの一時だった。

犯人達は気付いていない。

最近の自分の人生行路について、ケリーはため息を我慢する。

巻き込まれ型。
自分の道は自分で決めてきたケリーにとってはあまり好みではなかった。

「ダミー、起きてるか〜?」
「…ケ、ケリー!」

のんびりとした声にダミアンががばりと身を起こす。

「おいこら、もっと静かに返事しろよ。ばれるじゃねえか」
「ご、ごめん」

しゅんと落ち込んでダミアンが今度は小さく返事をした。
まあケリーだって犯人がいないとわかっていたから声をかけたのだから、そうそう騒がない限りは大丈夫だとわかっている。
だが、用心に超した事はない。
その無用心の隙を突いてダミアンはこんな事件に関わり、ケリーは巻き込まれているわけだから。

「ねえ、ケリーは随分と落ち着いてるみたいだけど、ここはどこなの?」

どう考えても質問したいのはこちらだろうと思いながらケリーはもう一度ため息をつく。

誘拐なんぞ日常茶飯事だ。
そりゃあもう、自分が攫われる事もあれば息子が攫われた事もあり、妻の相棒がいなくなるなんて事件もあった。
いちいち騒いでいられない。

「寒い。」

ダミアンの言葉は事実だ。
壁は石を積み上げて頑丈に出来ている。
それが四方を囲み、窓は風雨を防ぐこともできない鉄格子でできたものが、かなり高い場所にあるだけだ。
時は夜。
足は自由だが、手は後ろ手に縛られている。

「お前こそ、随分落ち着いてるな。」
「……まあ、いつかはこうなるかな、と。」

思っていたわけだ。
苦々しい顔をしたケリーの表情は暗闇の中では見えなかったはずだが、ダミアンは慌てて付け加える。

「でも、君を巻き込むつもりはなかったんだよ。それは本当だ。」

だろうとも。
巻き込むつもりで巻き込んだのならいくら子供でも一発お見舞いしてやるところだ。

「で、事情を説明してくれないか?何だってお前が誘拐なんてされてるんだ」
「…いわゆるお家事情だよ」

あ〜あ、とダミアンは高い天井を見上げてため息をついた。

「学校と態度が随分違うじゃないか」

ケリーが楽しそうに言う。

「そりゃあそうさ。命の危機だよ?取り繕ってなんていられないだろう?」

あっさりとダミアンが告白する。
ということはこちらが本来の彼らしい。

「僕はこれでも下町育ちだからね。」

ほう、とケリーが相槌。

「お貴族様のお遊びで庶子が生まれるなんてよくある話だし」
「ま、その通りだな。」

少しも驚いてくれないどころか、面白がっている気配すらするケリーにダミアンは聞く。

「驚かないんだね。」
「俺は人より鼻が利くのさ。」

しのび笑う声と共に勘付いていたと、答えが返る。
ダミアンも小さく笑い返した。

ケリーが自分を落ち着いているといったが、それはどう考えても彼のおかげだった。
一人だったらこうはいかない。
ケリーがいるだけで増すこの安心感。

「君は不思議な人だ」
「はん?」
「僕は君みたいになりたかった。」
「ああ?」

すっくと突然立ち上がって、ダミアンが言う。

「何としてでも、君だけは無事に帰すから。」

止める間もなく、ダミアンが犯人を大声で呼ぶ。

「誰かいるんだろう!?」

おいおい。
これだから子供は侮れない。
突発的行動が大のお得意だと知っていたのに、予想できなかったこちらが悪い。

やがてばたばたとうるさい足音がして小さな扉が開く。
光が漏れて互いの姿がやっと確認できた。

「じゃあね、ケリー」

ダミアンは必死に笑ってケリーに最後の言葉をかけた。
命の覚悟を決めた悲痛な笑顔だ。
しかしとりあえずは、彼には取引をする材料があるということだろう。

ばたんと閉まる扉の最後に、ダミアンを連れて行こうとした犯人達が揃ってこちらを見る。

「へえ、そういうことか」

一人になり、暗闇に戻った部屋でケリーは笑う。
どうにもおかしな事になっているようだ。
自分の立場というものが、である。

ではこちらが行動しなくてもあちらからアプローチがあるはずだ。
その時までケリーは黙って大人しくしておくことにする。

ダミアンも彼が持っている取引材料が価値を失わない限りは取りあえずは無事なはずだ。
もしくは取引の駆け引きに失敗しない限りは。

早まるなよ、ダミアン。

ケリーは暗闇の中でもはっきりと見える目を閉じた。







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驚くほど進んでない!