「まずいぞ」
「やばいぞ」
「どうしよう」

そんな声がひそひそと聞こえた。
ケリーは薄く目を開ける。

声は扉の向こう。
その話し声だけで大体の事情をケリーは察した。

どうやら正体に気付いたのは随分と小物らしい。
自分たちの手に負えずに堂々巡りの問答を繰り返す。

気付いたからには容易にこの身に手出しは出来ないだろう。

なんともはや、うんざりしていた噂が今回限りはこの身を守る盾となるようだった。

「確かなのか?」
「ああ、はっきりと見たぜ。あれが王位継承者の少年だ」

一瞬沈黙が降りた。
せめて「と噂の少年」位の情報の正確さが欲しいと思いながらケリーがのっそりと起き上がる。

「どどどどうするんだ!?天罰が下るぞ!」
「馬鹿、そんなの迷信だ」
「…だがあの王妃の息子だというぞ」
「「「…………」」」
「に、逃げよう!何も見なかったことにしてこのままとんずらだ!!」

ぽんと手を打つ音が聞こえて一人ががばりと立ち上がる。
短絡的で行き当たりばったりの行動に馬鹿じゃなかろうかとケリーが思ったのも仕方がない。
だがこれに乗らない手は無い。

「い〜いアイデアだな。俺もお供させてくれ」

のんびりと口を挟んでみる。

「おお、さっさと行こう!」
「……待て!今の俺じゃないぞ」
「俺でもない!!」
「…じゃ、誰だよ」
「残りは一人だろう?ずはり俺だ」

見えないだろうが壁のこちら側で手を挙げてみる。

「「「ぎゃ」」」
「おおっと、そんな大声出すなよ?困った事態になるじゃないか。」

何とも暢気で自分勝手な言い分である。

「ところで諸君、俺は誰かな?」

壁の向こうから突然意図のわからない質問がされた。
男たちが互いに顔を見合わせて黙り込んでも、答えを要求する空気が男たちの口を強引に開かせる。

「次期王様です。」
「わが国の王のご長男であらせられます。」
「あの戦女神ハーミアと呼ばれた王妃様のご子息です。」

まったくもって事実無根だとは言わなかった。
真実とは時に都合のいいように解釈するべきものだからだ。

「いい答えだ。」

満足そうに頷く気配がする。

「さて、そんなご立派な肩書きの俺から一つ提案だ」

提案というより要求だった彼が望んだのは一つ。
つまりはここから出してくれと。

「鍵を開けるだけでいいって言ったじゃないか!?」
「ああん?悪人に口なしと言うだろう?黙って歩けよ」

そんな格言聞いた事もない。
逃げ出そうとするのを首根っこをつかまれて引き摺り戻された。

「何だよお前。とんだ食わせ物じゃないか」
「俺は人畜無害ですなんて言ったおぼえはないがなあ?」
「俺たちを騙したのか!」
「人聞きが悪いな。約束は守るぜ?お咎めなしの無罪放免」
「じゃあ!」
「…ま、やることをやってもらってから、な?」

ぽんと肩を叩くのは見下ろすような身長の少年。
にっこりと笑う顔は天使と言っても過言ではない。
しかしこの天使、見た目と違って随分と人使いが荒い。
彼の笑顔は何故だか脅されている気分になるという何とも不思議な現象を引き起こす。

「とりあえずは道案内だ。きびきび歩けよ」
「うっす」

幾ら手当てがもらえるからと言って牢番なんて引き受けるのではなかった。
どうしてか珍妙な生き物に使われる羽目になった男たちは後悔先に立たずという言葉をかみ締めた。








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割と簡単に(笑)