「お、お、おま、え!!!」

壁に張り付いてどもる牢番。
ケリーは気にするでもなく、手に入れた剣を値踏み中。

「冗談じゃない、冗談じゃないぞ!」

恐慌に陥りかけている彼に少し顔を向けて、ケリーは人差し指を口にあてた。
それだけで彼はぴたりと口を噤む。
いい子だと笑う、その光景は見た目的にどこかおかしい。

立派な大人と綺麗な少年。
邪気のない顔で笑う少年は牢番の噛み合わない歯が鳴るのを少々不快そうに見て、それでも仕方がないと肩を竦めた。
牢番は目の前で起こった出来事についていけない。
頭の中は冗談ではないと繰り返す。

ケリーは先ほどの彼の言葉に律儀に会話を繋いでやる。

「冗談だと思っていたのか?」

愚かだな。
そう言って笑う顔はぞっとするほど冷たく、美しかった。

さっきは天使のようだと思った。
だが、牢番は神話を思い浮かべる。
天使と同等に美しく、しかしまったく別の生き物。

「悪魔…」

ケリーは慇懃に礼をした。

「光栄だ」

血に染まった床と、元は倒れ付した衛兵のものだった、やはり血に染まった剣。
牢番は自分の顔に飛んだ血を一心不乱に拭き取りながら我に返る。

俄かには信じ難い出来事だった。
見つかったと、驚いている間に全ては終わってしまったのだから。
逃げる、言い訳をする、口を封じる。
そのどれもの選択肢を思い浮かべるより早く、偉そうな衛兵様は床に転がっていた。
じわりと広がる血の海の中で、少年は元はもう動かない衛兵のものであった剣を拾い上げて暢気に笑っていたのだ。

足が言う事を聞かないが、床を這ってでも逃げるべきだ。
同じ牢番仲間達が真っ先にそうしたように。

しかし、ずるずると芋虫のように這い出す後ろ襟を掴まれて間抜けな声が漏れた。

「ぐえ」
「こらこら、逃げ出されちゃ困るんだよ。」

今となっては恐怖の根源でしかない少年が笑っている。

「もうお前しかいないんだから」

小さく漏れる悲鳴を飲み込んで後ろを振り返る。

「お前、何をしたのかわかっているのか!?」

ケリーは首を傾げる。
おかしな質問だ。

「貴族の家で人を殺すなんて!」
「…場所の問題なのか?」

眉根を寄せて、ケリーは聞き返す。

「もう駄目だ。生きては帰れない…」
「安心しろ。逃げた奴らよりは確かな安全を保証してやる」

何を根拠にか、一瞬で衛兵の命を絶った少年が軽く約束をした。

「さっきも言ったが、ちゃんとやる事をやってくれたら、の話だぜ?」

最後に逃げそびれた牢番は自分の不運と、逃れる術のない事を悟ってふらりと立ち上がる。
そう、役目が与えられたのだからとりあえずそれをこなそう。
全ての思考回路を遮断する。
のそのそと歩き出した男の後を追いながら、ケリーは精神的にキてしまったらしい男に片眉を跳ね上げる。

「あ〜らら?」

しかしケリーは別段どうこう言うでもなく、最後には肩を竦めた。

声に出せばまあいいや、となる。
役目を果たしてくれればケリーにはどうでもいいことだ。

従順な案内役に満足してケリーはふと屋敷の窓から空を見る。

よう、聞こえるかい?
ちょっくら手伝ってくれないか。

呼びかけは空に消えた。
手ごたえを感じたわけでもなく、それでもケリーはにやりと笑う。

伝わっていなかったらいなかったまでだ。
何とでもする。
その自信はあった。

「ここから見える、あの塔にいらっしゃると思います。」

牢番が口を聞いた。
ケリーは窓の外に薄っすらと見えるレンガ造りの塔を視界に収める。
こうしてみるとかなり大きな屋敷だ。

本館と左右にある二つの塔から成っている造りらしい。
どうやら閉じ込められていたのがもうひとつの塔の地下。
ダミアンがいるのが反対側の塔の多分頂上。
向こうに行くには本館を通らねばならない。
つまりは一番警戒が厳重なところを、だ。

「ふ〜ん」

別に堂々と通ってやってもいいが、それだといささか厄介な事態になる。
面倒臭い。
ならばとケリーは向こうの塔とまったく同じ造りらしいこの塔の壁面を眺めた。

「セントラル・シティ・ホテルから銃一丁で飛び降りるよりははるかに簡単なことだな」








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一体何が書きたいのか・・・。