じっと自分を見詰める目にケリーはもう一つため息を吐いた。

「勘弁してくれ」

頭を抱えたくなる。

しかし彼らの目はケリーから逸らされることはなく、ケリーの審判をじっと待つ。

ケリーとしては大騒ぎでも、身内の恥を晒すのでも構わない。
だから俺を巻き込むなと言いたい。
心の底から叫びたい。

「諦めたら?」

ダミアンが冷静に、だがどこか喜色を浮かべてケリーに言った。

「い・や・だ!」

はっきりきっぱりとケリーは言い渡す。
ダミアンの言葉に乗るのは特に危険だ。
何せ彼はケリーに忠誠なんぞを誓ってくれた少年。

それが嬉しくともなんともなく、むしろ迷惑極まりないと思っているケリーはなるべく彼に関わりたくないのだ。
彼の言葉に肯定を返すなんて持っての他。

「往生際が悪すぎるよ、ケリー」
「往生際がいい奴なんか長生きしないからこれでいいんだよ。」

ケリーは自分の往生際の悪さには自信を持っている。
何故なら死んでも生き返ってくる根性があるくらいだ。
長生きもいいところな若作りの顔を背けて皆の期待の目から逃れた。

「おい、小僧!意見はまとまったのか!?」
「…だから、何でお前もそれを俺に聞くんだ」

散々待たせられたバルロが我慢も限界に来たのか声を上げる。
ケリーはそれにすらため息を吐く。

このままでは事態が進まないのはわかっているのだ。

「文句言うなよ?」

面倒だと言わんばかりに投げやりにケリーがやっと言った。
ちらりと目線を走らせれば、皆が神妙に頷いているのが見える。

それと微妙な顔の団長殿も。
この集団の主導権をケリーが握っているのが気に食わないらしい。

だが、それが当然の成り行きだと納得する心もある。
故に得心いったようなそうでもないような表情が出来上がったのだ。

「あ〜、じゃあ先鋒は。」

いい加減な態度でケリーが集まっている生徒たちを見渡す。
それから少し考えて、ふむと顔を上げた。

「エイド、お前行くか?」

えっと声を上げたのは本人だけではなかった。

「ケリー、待てよ!何でエイドなんだ、ここは俺たち上級生が出るべきじゃないのか」

幾人かが不満そうな顔をしている。
呼ばれた名は学年で言えば下から二番目。

当然騎士団とやりあえるチャンスなどないと思っていた本人も低学年の生徒たちも、それから実力も上だと自負している上級生たちも誰もが意外の念を抱いたのだ。

ケリーは首を傾げた。

「文句は言わないんじゃなかったのか?」
「だ、けど!」

別に怒っているわけでもなく、普通に聞いたケリーに何故か怯む。
だがそれを誰もおかしいとは思わなかった。

「年功序列を尊ぶなら、選定人に俺を選んだ時点で間違いだったな。何なら降りるぜ?」

ある意味自分に都合のいい提案を喜々としてくるケリーの台詞を聞いた途端に、文句を言った生徒は同学年の仲間に殴られてその口を封じられた。

「文句なんてないさ。さ、ケリー続けて!」

促されてしまったことを少々残念そうにケリーは後頭部を抑えて仲間たちにぶつぶつと文句を言っている少年を見た。
もう少し頑張ってくれればいいのに、とその顔が如実に語っている。

「ケ、ケリー」
「エイド、どうした」
「本当に僕でいいの?」

戸惑ったように、周りから見れば一周りも二周りも小さい少年が恐る恐る聞く。
この展開を見るに、ケリーはどうも選定人を降りたいがために自分を指名した気もする。

「俺は一度引き受けた事を疎かにしたつもりはないが?」

名を呼んだのは公平な目だったと伝える。

「弓が、得意だろう?」

そしていつもより少し柔らかく聞いた。

「自信がないか?」

なら強制はしないと言外に言い置いてケリーは他に目線を滑らせる。
エイドは慌ててケリーを呼ぶ。

「僕がやる!自信は…あるから!」

断言するのは謙虚な少年には抵抗があったが、言い切って見せればケリーが満足そうに笑ったから、エイドは背筋を伸ばす。

地道な練習を彼が知っていたかどうかはわからない。
だが、彼は自分を選んでくれたのだという自負が生まれる。

それは少年が始めて持った誇りだった。

「次鋒」

最初から波乱に満ちた選定に誰もがしんとする。
ケリーの出方がまったくわからない上に、全学年、生徒にチャンスはあるのだと固唾を呑む。
周りを囲んでいた女子たちもさすがに重苦しい雰囲気に押し黙っていた。

その中で、ケリーは悪戯を思いついた少年にしては意地悪く、大人がするには幾分かの柔和さが混じった顔で笑った。

「イリーズ、やるか?」

初め、誰もが理解できなかった。
むしろその名に聞き覚えがなくて誰だと互いに顔を見合わせる。

しかし真っ直ぐに向けられるケリーの視線の先を手繰って、喧騒が始まった。

「何考えてるんだ、ケリー!」
「女にやらせるだと!?」

その一切合財を無視して、ケリーはイリーズと呼ばれた少女を見詰める。

慄いたように目を見開いていた少女は自分を抱き寄せるように縮こまった。
それを同じ女子部の生徒たちが庇うように前に立って、ケリーを睨んだ。

「何を考えているのです、ケリー様!剣を握るのは殿方の役目、おふざけになるのもいい加減になさってください!!」

ケリーは興味なさそうに彼女たちの抗議を聞いて、一度だけ彼女たちに目線をやった。
思わず揺れる肩を隠して、少女たちは喚く。

「イリーズに対する侮辱ですわ!取り消してくださいませ!」
「…聞いてないな」

お前たちの意見など。

言われて少女たちはさっと朱を走らせた。
目が合ったと一瞬だけ舞い上がった気分が羞恥に塗り替えられる。

「やるのか、やらないのか。イリーズ、お前が決めろ」

呼ばれた少女はきれいな容姿を持った上級生だった。
特に活発でもなく、いつも困ったように笑う少女。
だが対応の穏やかさで嫌われることは少ない。

彼女たちの学年はもうすぐ卒業。
そうすれば貴族の女としての義務である結婚が待っていた。

イリーズは胸に寄せていた手を広げ、ケリーを見る。

「やるわ、やりたい。」

はっきりと自分の意志を口にした少女に周りの方が驚く。

「ティレドン団長、一つお願いがあります。」

堂々と、顔を上げて貴族の中の貴族、猛者の中の猛者であるバルロに直接話しかける。
無礼だと、彼女を叱るものはここにはいない。

「私が試合に勝ったら、ティレドン騎士団に入れてください」

握った拳は緊張で震えたけど、イリーズは最後のチャンスに縋る。
縋ってもいいのだとケリーが背中を押したから。

「女が騎士だと!冗談を!!」

誰かが笑った。
だが笑われても、イリーズの目は揺れたりしなかった。

イリーズはそういう娘だった。
家に篭るより外で遊ぶほうが楽しい。
おままごとよりは男の子たちとちゃんばらごっこをして、国を守る夢を語る。

幼馴染の男の子たちと自分の違いに気付いて愕然としてからも、いつまでも夢を諦められないイリーズを両親がこの学園に放り込んでも、イリーズは小さく燃える焔を消せなかった。
夜中に一人寝室を飛び出して、練習用の剣を持って泣きながらそれを振るった日々が報われるとは思っていなくても、それでも剣を離せなかったのだ。

ケリーがそれを知っていたのかはわからない。
だけど彼はチャンスをくれた。

「面白い。侮られ、蔑まれる覚悟があるなら約束してやろう」

そしてティレドンの団長は戯れで、だけど戯れではない約束をくれた。
イリーズは胸に湧く希望に心を躍らせる。

それは見ている者も目を見張る変化だった。
萎れていた花が頭を掲げ、凛と咲き誇ろうとでもするかのように鮮やかに輝き始める。

「イリーズ、何を言っているの?」
「イリーズ様、どうか正気にお戻りになって!」

留めようとする仲間を振り返ってイリーズは清清しく笑った。

「私は初めから正気よ。イリーズ・バレンシア、この名をお忘れにならないで。いつか大陸に響く名になるわ!」
「イリーズ、浮かれるのは勝ってからにしろよ」

苦笑交じりのケリーの声に諌められてイリーズはケリーに向き直る。
この胸にある野望に気付いてくれた彼に。

「ケリー様、私が騎士になったときは誓わせてくださいね」

この身は国のために。
忠誠は王のために。
ならばこの命を収めるところは彼の元しかない。

「いらん」

ケリーの憮然とした顔が本気で顰められたのをイリーズは笑ってやりすごす。

「次いくぞ、中堅。」

ケリーは先ほど仲間たちに殴られた少年に目を合わせる。
ぎくりと身を強張らせた少年にケリーは笑いかけた。

「根性見せてみるか?」
「お、おう!!」

いざ自分が呼ばれてみると思わず声がかすれた。
ずんと重くなった肩に乗っているのはケリーの声。

何故か、歓喜と恐怖が沸くのだ。
彼の目が自分を見たという事実と、ケリーに選ばれたのだという責任。

無様には負けられない。
ぐっと引いた顎に覚悟が決まる。

ケリーに見下げられるのだけは絶対に嫌だと思った。

「副将はー」

腕に覚えがある者がぐっと拳を握る。
ケリーはその全てを素通りして、黒髪の少年に目を留めた。

「ユウシス。」

呼ばれて初めて彼は顔を上げる。
他の人々と違って彼は呼ばれたことに驚きはしなかった。

少々世の中を斜めに見たような悪く言えば生意気そうで、よく言えば理知的な目がケリーを見る。

「ケリー、君、正気?」

ケリーに真意を正したのはユウシス本人だった。

ケリーやダミアンより一学年上の彼は髪も黒、服装も黒、とにかく黒の印象が強い無口で、大概は陰気だと思われている少年だ。
そして少年自身も、周りも、彼が決して強いとは言えない事を重々承知だった。

「公平な目で判断してるんじゃなかったの?」
「してるさ、だからお前なんだよ。いい加減本気見せろよ、面倒臭がりのユウシス」
「…それって自分にも言えるってわかってる?」

ため息を吐きつつのっそりと動いたユウシスがちらりと当然のようにケリーの隣にいるダミアンを見た。
横ではユウシスの言葉に爆笑しているケリーがいる。

「その底意地の悪さを発揮しろよ」
「まあ、僕にはそれしかないからね」

ユウシスは弓の才能のなさには8歳で見切りをつけて、剣は10歳で、体術にかけては5歳くらいで諦めた。
あるものといえば人の裏ばかり読む、この意地の悪い性格くらいなものだ。

「ケリー、一つ聞きたいんだけど。」
「何だ、珍しいな」
「僕を選んだって事は、少しは僕に勝機があると思ったって事だよね」

中々小賢しい質問をする捻くれた奴だ。

「俺は最高の選択をしたと思ってるぜ?」

開けっ広げに答えたケリーを少しだけ眩しそうに見て、ユウシスは元の調子に戻る。

「ならいい。君の期待に応えるまでさ」

のっそりと相変わらず面倒そうに動く彼とダミアンはまた目が合った。
さっきから気になっていたのだ。
それが敵意だとやっと気付いてダミアンは眉を顰める。

「勝って、僕の評価を上げることにするよ」

勝利宣言に周りがおお〜と沸く。
そんな熱気も冷静に受け流して、ちらりとダミアンを見たユウシスの挑戦にダミアンはやっと気付く。
そこがいつまでもお前の居場所だと思うなと、彼は言っているのだ。

いつも無関心で、あれで何が楽しいのだろうと思っていたが、中々どうして、油断のならない強かな奴だとダミアンはユウシスを睨み返す。

「ケリー、最後は俺に行かせてよ」
「ダミー?」

これは自分が行かねばならないだろう。
プライドの問題だ。
ユウシスが鼻で笑うのが見えた。

「冗談じゃない。今更譲ってたまるか」
「…だから何を」

呟いてみるがダミアンには聞こえていないようだった。
ケリーは勝手に盛り上がる少年たちを選定し終えて、役目は終わったとばかりにため息を吐く。

「ケリー、ちゃんと見ててよね!!」

ダミアンに怒鳴られて、めんどくせーと顔を歪めたケリーに同意するものは誰もいなかった。








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名前はてきとー。話も何処かへ迷走中〜。