首筋辺りがぞわりと逆立つ。

身震いしたくなるのは仕方がない。
最近はご無沙汰だった『本物』の気配だ。

だがケリーはそれを無視して瞬間的に張り詰めようとする体を弛緩させた。

目は向けない。
ケリーは自分の選定した生徒代表に目を移した。

イリーズが得物を選んでいた。
その服装は早々に動きやすいものに変わっている。
学園ではたしなみ程度にしか教えられない剣術や馬術の授業時に使用されるパンツとかっちりとした上着。

ケリーはロザモンドやシャーミアンを見慣れているが、女子部の生徒には新鮮なのだろう。
まるで麗人だ。

先ほどまであの女子の群れに紛れていたとは到底信じられない堂々さで立っている姿はあれが本来の姿だったのだと示す。

女子部の学生がはらはらと見守っているのがわかった。
ケリーは小さな苦笑を混ぜる。

イリーズは決して大人しい女ではない。
出来たなら対戦相手に好きな武器をお選び!とでも言ってやりたいに違いない。
しかし自分の力が男より劣っていることを知らない愚か者でもない。
苦々しく思いながらも与えられたチャンスを生かすことを知っている娘だった。
文句のひとつも言わず扱いやすい剣を取る。

女性に一番広く扱われるのがレイピアで、女子部の授業等でもこれが主に使われていたはずだが、イリーズはそれよりは少々長く、ヒルトに特徴を持つ細い剣を選んだ。

レイテルパラッシュ。
騎士団の対戦相手が小さく唸る。

体の大きい彼には軽すぎる上に扱いにくいだろう。
騎士団でも時に練習用に用いられるレイピア相手なら慣れもあるが、似ていて否なるものとなっては余計にやりにくい。

唯一最長学年から選ばれた彼の名はドレイク。
彼は馬上での勝負を所望した。

用いる武器はランスやスピアではなく、ブロードソードを選んだ。

馬上で剣を用いることはよくあることだが、ブロードソード自体は一昔前に廃れた打ち切り用の重剣だ。
正統派といえなくもないと言う、これまた微妙にずれた選出だ。

ユウシスに至ってはバルロも眉を顰める武器を手に取る。
形状はブーメランに似て両翼は鋭い切っ先をもって緩やかに歪曲している。
持ち手は中央。
名はハラディ。

決して有名ではないが、かつて西部に政権を打ち立てた一族が用いた攻撃力に優れた武器だ。
剣が主流のデルフィニアの騎士団にあって誰も相手にしたことのない武器だろう。

唯一正統に一般的な剣を選んだのは最後のダミアンだけだった。

「なんという試合でしょう」

隣で中堅騎士が呻くように言った。
確かに、とバルロは今まで見ることのなかった光景を目に入れる。

個性的な面々だと思っていたが、中身もこれほど好き勝手な連中も珍しい。
騎士団も当然のことながら、名声を誉れとする者たちは正統に拘るものだ。

ところが彼らときたらどうだ。
実力で劣っていることを知っているのだろう。
与えられた特典を最大限に生かし、勝利を得ようと貪欲に頭をめぐらせている。

そこに正統の文字はない。

だがそれが戦場においての正しい判断だとバルロは目を細めた。
栄誉だろうが名声だろうが、そんなものは命あっての物種。
まずは生きて、勝ち残ることこそが戦場の掟。
どう勝ったのかなどその後の話だ。

随分と見所の多い奴らがいるとバルロはもう一度ケリーを見た。
これを見抜いて彼らを選んだのだとしたら、ケリーの選定眼は恐ろしいものがある。

奇策に溺れるならそれほど楽なことはない。
しかし彼らの目はあくまで勝利を見据えている。
奇策の用い方を間違えることはしないだろう。

さて、と騎士団の新人たちを見てみればこちらも真剣な目で彼らの仕掛けてきた策の攻略法を探っている。
慢心や極度の緊張もなさそうだ。

ならば問題はないとバルロは観戦に徹することにした。

それよりも、この体の中で舌なめずりをしている獣をどうしようかと一度目を閉じる。
いくら挑発しても面倒だと返ってくる怠惰なあの小僧をどうやって引きずり出そう。








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面倒なので彼らの試合の様子は省いていいですか。