「これはもったいない事をしたかもしれません」
「確かに、大競技場を借りてするべき勝負でしたな」

自分の持てる限りの技術と知略を尽くし仕掛けられる試合。
それは若き才能のぶつかりあいだった。

多くの観衆を背負い、歓声と栄誉を送られるべき名勝負。
彼らは感心しながら残念そうにそう言った。

大きな戦が去ってから幾年。
だが平穏なこの王国の未来は更に明るいと彼らは確信する。

次世代は育っているのだ。

自分たちには考え付かない方法を用いて仕掛け、思いもよらない方法で防ぎきる。
積み重ねられてきた伝統など知るものかと工夫を凝らし、時に忘れ去られた戦術を引きずり出す。

どんなに目を見張る試合でも勝敗はつく。
負けた者も勝った者もいる。
観衆は少なかったが騎士団も学生も敵味方なく惜しみない拍手を送った。

「何を感心している。騎士団がここまで追い詰められたこと、恥と思え」

一人、バルロだけがその空気を冷やす。
静かな声は近くに居た中堅の騎士にしか届かなかったが、彼は反論を試みた。

「ですがどれも賞賛に値すべき試合でした。私は負けた団員の試合も胸を張って観衆に見せることが出来ると思います。」
「負けが恥だと言っているわけではない。騎士団は何のためにあるのかと言ったのだ。」

何のためかと問われればそれは国のためだ。
彼は首をかしげた。

「民のためだ。」

バルロが不愉快そうに言った。

「あれらは騎士ではない。我々が守るべき民の一部。守るべきものに我々が劣ってどうする。」

彼らが強くなるのは彼らの勝手。
歓迎こそすれ、止める理由はない。
だが彼らより強くなければ自分たちの存在意義はないのだとバルロは冷静に諭した。

「は、申し訳ございません」

中堅の騎士は自分とバルロの見ているものの違いに青くなる。
平和ボケをしていたのはどうやら自分らしいと今更気付く。

わっと歓声が上がった。
最後の試合の勝敗がついたらしい。

ダミアンが優雅にお辞儀をしているのが見えた。
つまり騎士団は二敗目を喫したわけだ。

「マレバに帰還次第、早々に訓練を練り直します。」

バルロのため息に慌てて付け加える。

それを手を振って黙らせてバルロは重い腰を上げた。
彼が動けば誰もの目線を集める。
存在感の違いだ。

そしてそれが自分に向いたときにはバルロは重苦しい雰囲気などなかったかのように、誰もが認める男前な顔に賞賛の色を浮かべ拍手をしてみせた。

「素晴らしい試合だった。諸君らの日々の鍛錬を垣間見せてもらったようだ」

騎士団の新人と生徒の代表ではいい勝負をしたが、生徒全般がそう動けるわけではない。
しかしバルロの学園全体に対する賞賛を受けて彼らはぐっと拳を握る。
彼の賞賛に相応しい実力を身につけることを心に誓わないわけにはいかない。
代表5人以外はこんなものかと思われるのは屈辱だ。

それを狙ってやっている辺りはさすがとしか言いようがない。
ケリーはわざとらしいバルロの舞台に苦笑を交えた。

「さて、諸君らの実力は我が騎士団に劣らぬと証明してもらった。ならば誰かこの私とお手合わせ願おうか。」

ぐふっと喉からおかしな空気が漏れたのは仕方がない。
意図などはっきりしすぎるほどしている。
さっきから剣呑な空気を送ってくると思っていたが、こういう手段に出てくるとは。
あの変態の大将を核とした集団の中では比較的まともだと思っていたが、それは勘違いだったらしい。

だがその言葉にはケリー以外の誰もが息を呑んだ。
何たる光栄。
何たる賛辞。
この国でも最高の武を誇るティレドン騎士団の団長自ら剣を交えるなど、あることではない。

「…って言っても誰がやるんだよ」

しんとなった場を破ったのは呆然と上げられらた声。
小さく漏れた生徒の声に、目は一斉に向けられる。

「…うお〜いおいおいおい、勘弁してくれ」

にやりと狡猾に獣が笑う。
してやったりと、舌なめずりをしてケリーを呼んでいる。

そんな事には気付かず、まだ肩で息をしているダミアンが皆を代表して言葉にする。

「君以外に誰がいるって言うのさ。」
「お前がいるだろう」
「冗談でしょう?」

ダミアンが本気で正気を疑うかのような目をケリーに向ける。
バツが悪そうにケリーは頭を掻いた。

この国の民ではないがケリーでもバルロが強いのはわかる。
ダミアンとバルロ。
やりあったなら一瞬で勝敗はつく。
もちろんバルロの勝利に揺るぎはない。

何百もの真剣な目がケリーを射す。

珍しく本気で困っているケリーの様子を見ながらバルロはまったく得難い人物だとケリーを評価する。

このノラ・バルロを前にして、彼ら生徒は負けを享受しない。
彼が居るが故に、だ。

「ケリーが勝てなければ他の誰も勝てない。そんなの周知の事実だ。諦めたら?」

もう一人の勝者であるユウシスが先ほどケリーに言われた意趣返しにか相変わらず淡々とした声で意見する。

バルロは目を細めた。
それこそが学園の生徒たちの声だったからだ。
ケリーなら勝利すら掴めると誰もが思っている。
面白い、とバルロはほんの先ほど感じていた危機感をかなぐり捨てて笑いたくなった。

ノラ・バルロは自分と言うものを知っている。
どれほどの力を持ちどれほどのことが自分に出来るのかを知り、それを効果的に使う方法も知っている明らかに狡猾な人間だった。

世間の評価は少し違う。
だがこの国屈指の実力者だということを、噂ではなく真実として人々は知っている。

その自分に!
ケリーならば勝てるかもしれないと彼らは望みを託すのだ。
あの目を見よ!
見世物ではなく、好奇でもなく、ただ真剣に挑戦者たる彼らの目を!

「ケリー、やはりお前のようだな」
「冗談、俺はやらん。大体あんたの半分もない子供だぞ、俺は」

形だけは取り繕っていた言葉も砕けてバルロは目の前に居る新種としか思えない生き物に笑いかけた。

「今更お前がそれを言っても始まらないな。真実の姿ではないと再三言っていたのはどこのどいつだ?」
「チッ、余計なことを覚えてやがる」

まるで親しいかのような口の利き方。
騎士団も生徒たちも口を開けて見守るしかない。

「なら剣も使えないと言ったことも覚えてるんだろうな」
「ああ、馬にも乗ったことがないと言っていたな。だがどうせお前のことだ。あの馬を乗りこなしたように剣などいつでも使えるのだろう?」

使ったことがない。
それと使えることとはまた別だとバルロは深く笑う。

「まったく口の減らない奴だ」

ケリーはそんな言葉でバルロの意見を肯定した。

子供の姿のケリーと立派な大人であるバルロが対等に口を利くその光景は少々奇妙に映る。
しかし次第にそれは当たり前の情景へと変わった。

役者が違う。
とにかく彼らの会話に口を挟んではいけないのだと息を呑んで成り行きを見守る。

「だが悪いが、どちらにしてもお断りだね」
「何故だ?」

ここまで来たら道は一つだとほくそ笑んでいたバルロが方眉を上げて聞いた。
ケリーが初めて目を合わせる。

「俺にはお前を殺す理由がない」

思わずバルロも黙った。
周りの観衆に至っては目を丸くしてその真意を得られずにいる。

その微妙な均衡を破ったのはやはりバルロ。
小さく、段々と声量を増すのは笑い声。

「はっはっはっは!まったく!確かに!お前は王妃と同類だ、認めてやるよ」
「…頭は大丈夫か?」
「いやいや、心配は要らん。正気だ。」

突然笑い出したバルロを気味悪そうに見てケリーが声をかけたが、腹を抱えながらも笑い続けているバルロは手を振って大丈夫だと繰り返す。

「ではこうしよう。俺はお前に殺されても文句はない。それをここで証言しておく。ならば手合わせ頂けるかな?」

思わず声を上げそうになった騎士たちを目線だけで黙らせてバルロはケリーに答えを促す。

「…変態ここに極まれり、だな」

変態どもの巣窟だ、ここは。
ケリーはごちた。








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割愛御免上等!!