深いため息は了承の証拠。

「得物はお前に合わせよう」

バルロが選び放題の武器の山を前にして言った。
年長者の余裕か、英雄の矜持か、武器はケリーに選ばせてもらえるらしい。
少年達はケリーを信じていたが、それでも幾分かの有利な条件にほっとする。

しかし当の本人がきょとんと目を瞬かせる。
小首を傾げて言い放った。

「は?俺は俺で選ぶからお前はお前の好きなものでやればいいだろう?」

ケリーは当然そうするつもりでいた。
何がいけないのか、まったくわからないとその表情が語っている。

ケリーは頭が回る。
その態度からはわからないが、少し付き合えばケリーが眠る大器なのだと知れた。
なのに自分達が当然と思っている常識に時々こうして疑問を投げかけてくる。
当たり前すぎて説明すら出来ない、世界を形作る基礎、それがケリーには通じないのだ。

「……ケリー、それじゃあ勝負って言わないよ」

困ったようにダミアンが言った。
尋常の勝負なら同じ土俵を用意しなければ。
競うのは技量。
ならば条件を同じくして、武器を打ち合わせるのが当然というもの。

それでもケリーは眉根を寄せたままだった。
どう見ても納得してない顔だ。

「くっははははは!」

思わず黙ってしまっていたバルロは時を置いてまた爆笑した。
生徒達の呆れ顔と「ケリーだからな」と諦め半分のため息と、試合を何だと思っているのだと隣で連れてきた騎士たちが怒っていることが更なる笑いを誘う。

そんな観念が彼に通じるわけがない。
彼にとって武器をかざす事は即ち殺し合いだと、さっき示した。
殺し合いにルールなどあるわけがない。
得手で命を削る。
それだけが明確な目的。

「では俺は慣れた剣を使わせてもらおう。」
「おう、構わんぜ」

ケリーは振り向きもせずに武器を漁っている。

武器選びは大して時間を要さず、本当に真面目に選んだのかと一堂が訝しむうちにケリーはバルロに向き直った。

バルロは少しだけ眉を持ち上げて唇を歪ませる。
皮肉気な彼特有の笑い方。
しかしその目の奥には存外真剣な色が宿っていた。

「なるほど」

バルロの言葉に、にやりとケリーが笑った。
生徒達には見えない、その変化をバルロはつぶさに見ていた。

天使が悪魔に変わる瞬間。
それを邪悪と表現できないのは、リィを知っているから免疫が出来ているのだろう。

彼らに共通するのは二面性だ。
彼らにとっては当たり前のことなのだろうが、自分達にはそれが極端な変化に感じ取れてしまう。

いつもは陽気で、よく感情を映す目が沈んだ色を宿す。
リィの様に燃え盛る炎が見えるわけではない。

一歩下がる。
思わず剣を持つ手に力が入った。

感情を素直に映すことのなくなった瞳。
そうするとケリーの顔はより端整に見える。
そういえば初めて彼を見たとき、近寄りがたい、冷たい印象を抱いたのだったとバルロは思い出した。

自然と戦闘態勢になろうとする体を押し留めて、余裕のある振りをしてみせたのはこんな子供に、と思ったわけではない。
彼がケリーだからだ。
身なりは小さい彼に抱くのは間違っているかもしれない、対抗心。

ケリーが確かめるように片手でダガーをくるりと回す。
バルロが長剣を持っているというのに、身長でも腕の長さでも劣るケリーがわざわざ短いダガーを選んだ意味は何か。

普通のものよりは少しは長さがある。
それでも精々ケリーの腕の七分程。

「それでいいのか?」
「ああ、あんまり重くてもこの体じゃうまく生かせないしな」

身軽さを殺さないために。
ケリーは簡単にそれを選んだ訳を話して、ダガーに注いでいた目をバルロに移す。

「それに、こういう方が実は使い慣れてる」

ケリーがそれを左手に持ちなおし、その時に気付いた。

「短刀?」

左手にダガー、右手には更に小さな刃物。
武器とは言えないかもしれないが、二つの刃物を勝負の場で持ち出してくるなど初めてのことだった。
だがバルロが何も言わない故に誰も口出しできずに成り行きを見守る。

「何だ、立派な武器だろう、ナイフだって。」

すいっと細められた目に、バルロの背筋が震える。
軽い口調とは反対にちらりちらりと覗く殺意。

一概に言うならば、バルロに涌き上がったその感情の名は歓喜。
ぞくぞくする。

ケリーが静かに構えた。
両の手の武器を逆手に、ダガーをバルロに向ける。

初めて見る。
そんな武器を選んだ者も、そんな風に構える者も。

初めの合図を切ろうと前に出た部下を制してバルロも深く構えた。
勝負に、合図はいらない。
ケリーならばそう言うだろう。
目線の端でケリーが小さく口の端を上げた。

武器を目の前にしてみれば一瞬のうちに周りの光景が消える。
引き込まれる。

本当に本物だな、この小僧。

バルロは眇められたケリーの目から、あの豊かな感情が消えていくのを見ていた。
感情の一切を排除したような顔。

彼からは戦場の気配がした。
躊躇わず、命を奪う覚悟。
騒乱のデルフィニアを生き抜いてきた英雄達に同じものを見てきた。

それとは反対に彼らが持っていた気負いも気迫も薄い。
多分、ケリーは淡々と人を殺す。

油断すれば勝負はあっという間に決まるだろう。
額にじんわりと浮かんでくるのは緊迫感からくる汗。

どうくる?

思った瞬間にケリーが視界から消えた。
次の瞬簡には火花が散っていた。
目前で互いの武器が耳障りな金属音を奏でる。

思わず目を見開く。
同じように、直ぐ近くのケリーの目も、驚きをたたえていた。
受け止めたのが意外だとでも言っているような顔。

これで仕留められると思っていたのか。
バルロは舌打ちする。
受け止められたのは偶然に近い本能だったとしても、これで終わるバルロではない。

侮るなと、合わせた剣に力を込めた。
瞬間ケリーは飛び退る。

いい判断だった。
力では勝てないことを知っている。

だが間を空けると思ったケリーは片足を軸に、バルロに反撃する間を与えることなく反転してダガーを脇に叩き込む。

「ち!」

今度こそ声に出してバルロは無理な体勢からダガーを受け止めるために剣を回す。
ガキンという音が耳に響き、腕に伝わる衝撃がケリーの攻撃を防いだことをバルロに教える。
ケリーはそれでも怯まなかった。
右手に持っていたナイフを振る。
ダガーを振り切るのと同時にそのナイフも弾いて、今度はバルロが鋭く剣を戻した。

ケリーが驚く顔が見えた。
長剣を振るった惰性を無理矢理殺して、斬り戻す速さが予想を超えている。
飛び退るには間に合わずケリーは喉を逸らして、首一つ軽くもぎ取るだろう剣の軌道を鼻の上でやり過ごした。
一緒に持っていかれた髪の毛が数本舞い上がるのが見えた。

そのままバク転の要素でバルロの剣から間合いを取る。

どうやらバルロが殺し合いを了承したのは冗談ではなかったらしい。
ケリーが回避しなければバルロはケリーの首を持っていっただろう。

「ふうん、あんた本当に強いんだな」

ダガーで肩を叩きながらケリーも感心したように呟いた。

「…小僧、俺を誰だと思ってる。」

バルロが獰猛に笑った。
口を開ければ牙が見えたかもしれない。

「ティレドン騎士団長で、国王の従弟で、筆頭貴族サヴォア家当主。」

茶化されるかと思ったが、ケリーからは普通の答えが返ってきた。
何故かそれが面白くない。

少々むっとするとケリーがふっと笑った。

少年には似合わない、男くさい笑み。
それが違和感なく色気として漂う。

目を見張ったのは一瞬。
見惚れたことは絶対にばれたくなかった。
笑われたくらいだから、見透かされているのかもしれないが、バルロは誇りにかけて顰め面を続ける。

イヴンが時々口にする冗談がある。
敬愛する従兄とケリーが似ているというのだ。

俺は絶対に認めん。

意地を張るのはやめろよ。
イヴンがくつくつと笑いながらにやにやと助言する幻聴が聞こえた。

五年後はどうかわからんがな。

心の中で呟いて今度はバルロが地を蹴った。








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だから戦闘シーンなんて書けないんだって!
また割愛してもいいですか。