ごくりと誰かの喉が鳴る。
ダミアンはそれで我に返った。

「おい」

それを見計らうようにユウシスが声を上げる。
囁くような声だった。

横を見ればダミアンを見ることなく、ただじっと剣を合わせる二人を見ているユウシスがいた。
いつも不機嫌な顔をしているユウシスだが、いつも以上に眉間の皺が深い。

「お前は知っていたのか」

ユウシスは相変わらず目線を寄こさず、主語を言わなかったが、ダミアンはそれが自分に向けられた言葉だとわかっていた。

「…半分、だな。」

嘘をつくことは簡単だが、ダミアンは正直に告げた。
ダミアンも視線を戻す。

「あそこまでだとは思わなかった。」

低く構えたケリーが全身をばねのように飛び出すのが見えた。

ケリーの剣を見たことがある。
偶然の結果だったとは言え、その姿を見たことがあるのは自分だけだろうとダミアンはそれを小さな優越感としていた。

それでも、あれでも、ほんの半分、いや実力の一端でしかなかったのだ。

少し悔しい。

「どうする、ユウシス。」

いけ好かないヤツだが、今、互い以上にこの感情を共有している者はいないだろう。
ユウシスもそれがわかっているのか、不快そうに舌打ちをした。

ケリーの隣、その場所に自分がいるとは思っていない。
ダミアンはケリーを崇めながら、思い上がったりはしていなかった。

今はまだ無理でも、いつか彼と肩を並べ、彼の力になれればいいと、努力をしていた。
あるいはそうなれるという自信と共に。

だが、全然遠い。
その道のりは半端な努力では乗り越えられないと覚悟をしていたというのに、今目の前で繰り広げられている光景を見て気付かされた。

思っていたより、尚、彼がいる場所は遠い。
遥か彼方、飄々と笑いながら彼は一人で歩いているのだ。

「本当に厄介な人だよ」

なぜなら彼は誰の力も必要とせずに、一人で生きていける人だからだ。
彼を支えたいと願うのはまったく持って自分よがりな考えだと思い知らされる。
苦笑と自嘲を感じ得ない。

目標は高い方がいい。
然り。

しかし高すぎる目標は時にやる気を削ぐものである。

「…ふん、上等だ」

ユウシスが鼻を鳴らした。
思わずユウシスに目を向ければ、いつも通りに不機嫌そうで、それでいてプライドの高さを窺わせる黒い目がケリーを睨んでいた。

少しだけ顔が引き攣っているような気がしたが、彼の負けん気に敬意を評してダミアンは指摘しないでおく。

ダミアンはふともう一度自嘲する。
ケリーは風のような人だととうに知っていた。
押しかけだろうと何だろうと強気の一手で行かなければ彼の傍にはいられない。

「同感。」

ダミアンはユウシスに同意する。

「いつか追いついてやるさ。必ず。」

ダミアンは決意を新たに縦横に舞う二人の姿を視界に捉える。

「せい!!」

バルロの鋭い剣が横薙ぎに風を切る。
ケリーの小さな息を吐く音が聞こえた。

いつまでも続くかと思えた勝負はその一瞬で決まった。

ケリーの首に当てられた剣の腹と、バルロの喉元に突きつけられたナイフの切っ先が互いの動きを止めた。
長い間その体勢のまま二人は動かなかった。

一瞬の隙を見せれば、この状態から尚勝利をもぎ取ろうとする意志が互いにある。
この膠着がそれ以上の展開を見せないとわかるまで、二人はじっと命を削りあう。

思わず歓声を上げそうになった人々も口を閉じてその異様な雰囲気を感じ取る。

剣を引いたのはまったくの同時だった。
思い合わせたように剣を降ろすバルロと、ナイフを手元に戻し立ち上がるケリーはさすがに息を乱していた。

「満足したか、公爵殿。」
「…ああ」

いつもの軽口でバルロを突いたケリーの言葉にはいつも通りではないバルロの重い声が返ってきた。

嫌味な切り返しか、豪快な冗談を予想していたケリーは意外そうにバルロを見上げる。
真剣な眼差しと目が合った。

少しだけ既視感に似た嫌な予感がして、ケリーは肩を竦める。

この男は頭がいい。
妙な噂が立つケリーと犬猿の仲を演じながら周囲の印象をコントロールするような狡猾な男。
だから問題はない。

「何か言いたいことでも?サヴォア公爵殿?」
「…いや、何もない。何も、言うことはない。」

予想通りにバルロは何も言わなかった。
彼の言葉を遮って、それは禁句だと注意を促すこともなく、会話は終わった。

ケリーがふと笑う。
『よく出来ました』

バルロはその意味を正確に読み取った。
この世で一番苦いものを飲み下したようなバルロの顔を見ずにケリーは、生徒達の群れに紛れた。
もみくちゃにされ辟易とした彼の姿はどこにでもいるような少年のようだ。

「団長?」
「ああ、何でもない。さあ行くぞ」

少年と引き分けたバルロはそれに何をコメントするでもなく騎士団を率いて学園を後にした。

後々、イヴンにその勝負についてからかわれた時、バルロは怒りもせずに答えた。

「王妃の同類に引き分けたのだ。自慢になると思うが?」

面喰らったイヴンにふふんと笑い去っていった公爵について、イヴンがケリーに文句を言ったのは当然の事。

「一体お前、あの公爵様に何をしたんだ!気味が悪くて仕方がないぞ!?」
「何もしてないぜ?」

イヴンは納得などしなかったが、のんびりと答えたケリーが深く笑うのに気付いて追求をやめた。

あの顔は知っている。
年配者が満足そうに若者を見る目。

いい子だ。
と、彼はバルロを評したのだ。

「…気の毒」

イヴンは心底天敵の団長に同情した。






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気分次第で展開が変わる連載。
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