久々に楽しい酒だった。
友と気兼ねない話をしながら過ぎる満足な時間。

城内で使い慣れた部屋を辞して、愛妻家であるナシアスは遅くなる前にと帰っていったが、バルロはその後も一人酒を煽った。

この国の未来について、領地の自治について、政治の方向性について、経済の発展について、考えることは尽きない。
取りとめもなく浮かんでは消える案件を簡単に整理して、バルロは立ち上がった。

王に近しい地位のバルロには用意された自室がある。
急いで館に帰る必要もなかった。

静まり返った城の所々に配置された衛兵がバルロの姿を見つけ、敬礼をする。
バルロはそれを当然のように受け止めて通り過ぎる。

出会ったのは偶然だ。
意外そうな顔で黒い衣装の男は闇の中に溶け込んでいた存在感を現す。
蜂蜜色の短髪が陽気に踊った。

「おや、遅いお帰りですな。」
「貴様に言われたくはないな」

あからさまに嫌そうな顔をしたバルロにイヴンはわざと近づく。

「俺はちゃんと奥さんに許可を取ってますからね」

案外律儀なこの男が言うのだから、多分本当なのだろう。

「で、仕事もせずに遊び歩いてたわけか」
「人聞きの悪い。子守ですよ」

ぴくりとバルロの眉が動いた。
それに気付かないフリでイヴンは続ける。

「…あの小僧か。夜間外出禁止だろう、あの学園は」
「ケリーにそんな規則が通じるわけないでしょう」

最もな答えだったのでバルロは無言で肯定する。

「どうせ好き勝手に遊びまわってるんだろう。お前が付き合ってやる必要もないのではないか?」

普通の少年なら心配もするが、ケリーなら別だ。
夜の街独特のルールの存在を知らないこともないだろうし、うまく立ち回りも演じるだろう。
よく起きるいざこざ問題を一人で片付ける器用さも、災厄を振り払う実力もある。
そういう意味では学園よりもケリーに合っている様な気がした。
のびのびと羽を伸ばすケリーの姿が見えるようだ。

「さあて、そうもいかないでしょう」

放っておけばいいと言うバルロにイヴンは苦笑する。

「これ以上信者を増やすわけにはいきませんから」

目を瞬いたバルロにイヴンがわかっているでしょうにと肩を竦めた。

イヴンとケリーは気が合っているように見えていた。
それは真実なのだろうが、全てではなかったわけだ。

言葉は悪いが監視役を兼ねていたのだ。

「気がつきゃああちこちでたらしまくってますからね。こっちは気が気じゃない。」

楽しそうに笑うイヴンはそれなりにケリーの真実を見てきているのだろう。

「首根っこ捉まえておくのも限界があるってもんですぜ。しかも性質が悪いことにわかってて首根っこを捉まえていさせてくれてるんですよ、あいつ。」

イヴンがケリーの何を見てきたのかは知らない。
しかしバルロが先日の勝負で見てきた以上のものをイヴンは感じているのだろう。

「で、俺としては最近心配事が増えましてね」

笑いを収めて、声が静かな廊下に響く。
誰もいない廊下で、イヴンは歩きながらにしましょうと顎でバルロを促す。

二人で歩きながら、イヴンが続けた。

「どこかの公爵様があいつの毒にやられているようで」

思わず足を止めかけたが、自制してイヴンと歩調を合わせる。

「余計なお節介だ」
「そうはいかんでしょうが。あんたはこの国を支える屋台骨だ」
「………」

バルロは観念したように深く息をついた。
案外あっさりと白旗を掲げたバルロは常にない素直さで告白した。

「正直、思ったさ。あの小僧が本当に従兄上と王妃の子であればと。」
「…それは」

はっきりきっぱりと言い切ったバルロにイヴンが苦虫を噛み潰したような顔をした。
バルロはそれをちらりと見て心配するなと続けた。

「お前だから言ったのだ。他の誰の前でも言うまい。」

ナシアスにだろうとカーサにだろうと、洩らしてはいけない言葉だった。
それは継承問題に発展する発言だからだ。

ケリーが王直系の子供であればよかった。
その意図はつまり、彼を王にと望む言葉に他ならないのだから。

「従兄上のようなお人は得難い奇跡のようなものだ。あのような器は他にはあるまいと思っていたのだがな。」

自分の血を引く双子の子供と、王と側室の間に生まれた子。
血筋を満たしている者は多くいる。
自分の子供が可愛くないわけもなく、敬愛する従兄の子も愚鈍とは程遠い。
資質は十分にあるのだ。

それでも、ああも見せ付けられると思ってはいけないことを考える。

しかもあの少年ときたらそんな自分の心すら見透かして意味深に目線をくれるのだ。
そんなものは望んでないぞ?と。

「心配するな、俺はサヴォア家当主、ノラ・バルロ。お前の言ったとおり、この国を支える任を放棄するつもりはない。」

いらぬ混乱を国に持ち込む愚かな選択はもとよりない。

「なら俺も聞かなかった事にしましょう」
「ああ、お前も精々監視役に励めよ。」

そう言って廊下の分岐点で何事もなかったかのように別れた。






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あれ?いつの間にやら案外シリアス。