「魔法街?」
ケリーは思わず繰り返した。
かつての戦乱時代。
リィのいたその頃の話を聞いていた。
国王はそれはそれは嬉しそうに、剣戟の音に溢れた血生臭いはずの物語を語ってくれる。
歴戦の勇士たちも時に補足を挟み、相槌を打ち、懐かしそうに目を細める。
必死に駆け抜けた日々は、彼らにとって思い出したくない過去ではないのだ。
そして、彼らの話は今はいない王女の話が主だった。
身内同士を除けば、過去の真実を、王女の話を語れる者はいない。
リィを風聞でしか知らない者に、彼女との話を笑い話気分でしたとして、卒倒するのが落ちだ。
そして身内同士では昔話に花を咲かせるだけになってしまう。
そういう点で、ケリーは重宝されていた。
リィを知っていて、それでいてこの国にいたリィのことは知らない。
増してやケリーはリィの話を聞くのが楽しかった。
こうして国王の身内とも言うべき彼らが集まるとき、あるいは国王と二人のとき、どちらもよくリィの話になった。
その話の中で国王が言った一言が『魔法街』だった。
「ああ、コーラルの真ん中にあるんだがな」
「本気に取るなよ?インチキだとリィ自身が言ってたからな。」
説明をしようとしたウォルに続けてイヴンが興味を持ったらしいケリーに忠告した。
「いやいや、そうとも言い切れんのだ」
が、それを否定したのは国王。
「魔法街はな、昼と夜とでは持つ顔が違うと言われている」
「ははん、なるほどね」
ケリーは飲み込み早く、したり顔で頷く。
しかし、それを更に国王がにやりと笑って否定する。
「ケリーどのが思っていることもまた真実だが、俺が言いたいのは『本物』の魔法街のことだ。」
「本物?」
それは初耳だとケリー以外の人々も黙って国王の話に聞き入る。
「あるはずのない場所にある、魔法街でな」
「あるはずのない場所にある?どういうことだ?」
ちょっとした矛盾構成の言葉にイヴンが頭を捻る。
「気まぐれに開く扉のようなものだろう。地図にはない路地の向こうに本物の魔法街がある。まあ魔法街の住人が招く者を選別しているのかもしれんが。何せリィには見えてイヴンには見えなかったらしいからな」
「なにい?」
聞き捨てならない言葉だ。
国王はイヴンの声を意図的に無視して話を続ける。
もう時効だと国王が考えていることは明らかだった。
「案内役は骸骨でなあ、これがまた恐ろしいのだ」
ちっとも恐ろしそうではない顔で国王が言う。
「従兄上、ちょっとお待ちください。それは、つまり従兄上も本物の魔法街に足を踏み入れたことがあると、そういうことですか」
それもこれも時効だと国王が笑顔で答える。
「ああ、リィから聞いて俺も行ってみたいと思っていたのだ」
思わず引き攣る彼らと、国王の自由さに苦笑したケリーを横目に国王の暴露話は続く。
「あの時はまったく得難い助言を頂いた。俺が困っていたらリィと結婚すればいいと、素晴らしい案を聞かせてもらったのだ。正しく賢者とも言うべき方だったとも」
その頃の大騒動を思い出す。
まさか今更それやこれやの裏事情とも言うべき真相を知らされると思っていなかった彼らは思わず空を仰いだ。
「こんの阿呆がー!!」
若干名怒り狂った者もいた。
「無事だったから良かったようなものの、あそこは『裏』の顔もあるんだぞ!」
イヴンの無礼な物言いにも、珍しく天敵が頷いて同意している。
止めに入ってくれる気はないらしい。
「陛下、もう少し慎重な行動をお願いします」
ナシアスにまで困り顔で遠回しに怒られた。
「はは、王様。うっかりと喋るものじゃないな」
一人ケリーだけが他人顔で笑っていられる。
「そんな面白いものなら俺も行ってみたいものだ」
「うむ、ケリーどのになら見えるような気もするぞ。今度一緒に行ってみるか」
「「「陛下!!!」」」
見事に輪唱した声に一通り笑わせてもらってからケリーは国王に聞いた。
「で、本物の魔法街の住人は一体何者だったんだ?」
「多分『本物』の魔法使いだろう」
「ほう」
ケリーが目を細める。
「ケリーどのは見えないはずの魔法街より、その住人に興味がおありかな?」
「当然だ、俺は知り合いに王様が言うところの『本物』の魔法使いがいるからな」
にっこりと笑った顔はそれはそれは綺麗なものだった。
しかし何やら含むものが見える。
「こんな足元にまさか糸口が隠れているとは、正に灯台下暗しってやつだな」
「糸口?」
「帰る道だよ。何でも知ってる賢者なんだろう?それも本物の魔法使いと来た、道を知らなくても何らかの情報は持っているはずだ」
あるいはこの鬱陶しい状況の改善方法でも構わない。
とにかく停滞した現状を動かすことが出来る。
「まあ、それも本当に『本物』かどうかを見極める必要があるけどな」
一部の複雑な表情を見なかったことにしてケリーは上機嫌に鼻歌を歌った。
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久々に書いたら皆別人…。
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