デルフィニアの王からその賢者の話を聞いてから幾日。
ケリーは大人しく学校に通っていた。

王様はともかく、他の連中が少々ぴりぴりしているのに苦笑させられ、少しだけ困ったようなあるいはくすぐったいような気分にさせられた。
彼らの少し尖った雰囲気を作り出してしまったのは自分だという自覚がある。

『帰る方法』
ケリーが口にしたその言葉が彼らを過敏にさせたのだろう。

この世界が嫌いではない。
だがそこで縁を作るつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。
なのに、彼らはどうやらいつの間にかケリーを身内のように抱え込み、ケリーがいなくなる事に複雑な心情を持ってくれているらしい。

「恨むぜ、金色狼」

多分前例があるせいだ。
この世界に突然現れ、そして消えてしまった、彼らの心に深く根ざし、愛された人がいたから。

何が厄介かと言えば、彼らが惜しんでくれるその心を何も感じないばかりか、迷惑だとも思わないところだ。

だからケリーは世話になった彼らを慮っていつもと変わらない日々を過ごしている。
が、そんな配慮は彼らには不気味に映ったようで、何とも見当違いな憶測を呼んだようだ。

「お前、何を考えている。」
「気持ちが悪い」

等々。
言われたそんな台詞。

ケリーは笑って答えなかったが、さて、と暗くなってきた空を見上げる。
そろそろ静かにしているのにも飽きてきた。
イヴンやバルロ、ナシアスの目も他に向き始めた。
いい頃合だ。

気は長い方だという自負がある。
事を急がないことには定評があった。
だから数日くらいのロスは気にならないが、それでもケリーに帰らないという選択肢はない。
初めから、頭の隅にもない。

世話になった人々への譲歩、それが限度なのだ。

ケリーは音もなく寮を抜け出し、歩きなれた道を行く。
城下のコーラル。
目指すはその真ん中だ。

ケリーは魔法街を知らないわけではない。
ふらふらと出歩く中で通ったこともある。
国王の言う、裏と表の魔法街も体験済みだ。

昼の賑やかしい魔法街は女子供が好みそうな占いやらアイテムやらが揃っていて、中々に目に楽しい。
だが一つ道を変えると裏に行き着く。
密談・取引等々、黒い噂の絶えない裏社会。
その必要もなかったせいで彼らとお近づきになることはなかったが、それはむしろリーの肌によく馴染んだ。

ケリーは国王の話を聞いて国というものを見た気がする。

国王は裏の魔法街の意味を知っていた。
その上でここを野放しにしているのだ。
光あるところには闇が出来る。
光はそれだけでは存在できない。
国はそうして出来上がっている。
国王はそれを知っているのだろう。

清濁併せ呑む、それは思うより難しいことだ。
のほほんとしているせいでそうは見えないが、これほど優秀な王も他にいない。

王が言うには更に、魔法街には三つ目の顔があると言う。
なるほど、人で溢れている街は鳴りを潜め人の姿がない。

「さて、『本物』の魔法街とやらへの道はどう開くんだ?」

裏も表も体験済み。
そこにおかしなところなどなかったのは確認している。
『目』を駆使して壁まで見てみたが何の仕掛けもない。

偶然開く扉と国王は揶揄していた。
あるいはその住人が扉を開いてくれなければ入れないという。

偶然を待つにはケリーは奇跡を信じていない。
複雑に入り組んだ道の端でケリーはふむと考え込んだ。

「『開けゴマ』とでも言えばいいのかね?」

何とか住人にコンタクトを取るしか方法はないと思いながら呟いた時だった。

「……さて、…どうしたものか」

ケリーは困ったように頭を掻いた。
まさかの展開というか、それとも予想通りの順調な滑り出しとでも言うのか。

目の前には『道』が出来ていた。

音もなく表れたその道は、確かに一瞬前まで存在しなかった。
ケリーの『目』がそう言うのだから真実だろう。

正しくケリーでは感知できない、それはケリーの知る限り魔法に分類されるもの。

「世界が違っても通じる呪文が同じとは」

ルウが聞けば、それは魔法使いたちのユーモアだと答えてくれただろう。
ケリーは真面目にごちながら、道に踏み込んだ。






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ケリーを書こうと思うからいけないんだ。別人だと思い込もう!