がちがちとワザとらしく歯を鳴らす黒頭巾に会った。
ケリーは易者風の彼の前で一度止まって首を傾げる。

「おやおや、珍しいお客だ。」

上から下まで黒装束の男は生気のない声で喋った。
ケリーは思わず、彼の言葉に返す。

「どういう意味で?」

客がこの場所に足を踏み入れることが珍しいのか、それとも自分の存在そのものなのか。
気になるところだ。

「それはもちろん、あんたのような『普通の』人間が来ることが、と言う意味だ」

普通の人間とは、これまた感慨深い言葉だ。
自分が主張することは多々あれど、ついぞ言われた憶えのない形容詞。
が、こういう正体不明の者からしたらやはり『普通』という言葉の許容範囲は果てしなく広いのだろう。

ちょっとした感動に浸っている目の前に黒頭巾の手が伸びる。
ゆっくりと持ち上げられ、ケリーを差した指に肉はない。
ついでに皮膚もない。
が、ケリーは特に驚かなかった。

彼の機械の目には最初からその姿が映っていたのだから、驚くなら最初からそうしている。
骸骨のくせに割りと表情豊かな彼は、不満そうな雰囲気を醸し出す。

「…驚かないのですか」
「驚いてはいるぜ?声帯のない骸骨がどう声を出してるのかとか、心底疑問だしな」
「それはこちらの意図する驚き方ではないのですが…」
「ふむ、それは悪いことをした。今から驚いてみせようか。それとも叫んで逃げるか?」

げんなりとした骸骨の肩が落ちる。

「先ほどの言葉を訂正しますよ」
「うん?」
「ここに入ることが出来たのはその胸元にあるそれのおかげだが」
「これか?」

首にチェーンで繋いでかけていた指輪を引っ張り出そうとすると骸骨に慌てて止められた。
彼らには強すぎるのだとか何だとか、ケリーにはわからないことを言われる。

「それがなくてもここに入ることが出来たかも知れないですね。長い間ここで道案内をしているが私を見て驚かないのは何せあなたで三人目」

長い間と言うのがどれほどの期間なのか、ケリーには想像もできなかったが、とにかくケリーは希少な反応を示した客の一人だと言う。

「普通の人間と表現するのは失礼というものでした。」

むしろ褒め言葉だと思う、とは言わずにケリーは肩を竦めた。
自分を道案内と称した骸骨は路地の奥を指して真っ直ぐに進めと道を教えてくれた。

それにケリーは苦笑しながらも一応礼を一つ。
なにせケリーの眼から見て、道はたった一つ。
進むか戻るかしか選択の余地のない一本道。
分岐はない。
道案内の必要性に疑問を感じつつも、ケリーは素直に言葉に従った。

リィも来たと話を聞いたが、彼が見た光景もこんな風だったのだろうかと思いながらケリーは進む。
居心地があまりよくないのは視線を感じるからだろう。
幾つもの視線。
害意はないようだから放っているが、こうも興味津々と凝視されているとげんなりとしてくる。

いい加減げっそりとしてきた頃に、その扉に行きついた。
道はここに続いていたかのように途切れ、あとは何もない。

扉に紋章よろしく、掲げてあるのはよく見知った印。
それを目に入れて、一瞬膨らんだケリーの物騒な気配に、ケリーに目を向けていた無数の目線がざわめいた気がした。
が、それもすぐに治まる。
ケリーは息を吐いて、物騒な気配を綺麗に消失させた。

随分な歓迎だ。
はたまた皮肉のつもりか。
粋な冗談のつもりかもしれない。

それは忌々しい過去と呼ぶには繋がるものの多い記憶。
ケリーは銀色の三枚の葉と三粒の金色の実を象った紋章を掲げた扉を、心情はともかく、文句の一つでも言おうと思いながら素直にくぐった。

部屋にはぼんやりと明かりが灯っていた。
しかし光源は見つからない。
骸骨が喋るのだからそんなこともあるのだろうとケリーは追及するのをやめる。

「遅いお出向きだねえ?」

声は正面から聞こえた。
高く積み上げられた本の影、小さな炉の前に影はあった。

「そうかい?それは悪いことをした。」

どうやら待たせてしまったようだ。
ケリーの答えに声がくつくつと笑った。
老婆の声だ。

「それで俺はお邪魔してもいいものかな?」
「律儀なお人じゃな。遠慮はいらん、入るがいい」

ケリーは部屋の中を観察しながら老婆に近づく。
床に座った老婆は子供のケリーより背が低い。
この世界にやって来てそれなりに経ったが、自分より年配者と正面向かって話をするのは初めてだ。
敬意は必要だろう。
ケリーは腰を下し、老婆より低くなった目線で老婆を観察した。

先ほどの骸骨と同様、黒頭巾と黒装束。
腰を下していると黒頭巾から覗く皺だらけの口元が見えた。
右目でも見てみるが、取りあえず老婆は人間のように見える。

右目の動きに気付いたかのように老婆が少し顔を上げた。
『かのように』ではなく、実際に気付いたのだろう。

「不快でしたかね?」
「さて、問題はなかろうて。」

そういって老婆は失礼な行為に当たるかもしれないケリーの行動を許した。
人の手が剣を握り命を奪うことが出来るように、魚は水中で呼吸をし、鳥は空を飛ぶ。
それは種族の持つ特性。
魚に水中で息をするなと命令する愚かさを知るかのように、ケリーのそれもケリーと言う個人に付随した、当たり前に使役できる能力だと認識したのだろう。

「もう少し早くお目にかかれると思っていたがよく来なすった、お客人。」

老婆が何を知っていてそう言ったのかは知らない。
ケリーは何もかも知ってそう言っているのだろうと、素直に言葉を作ることにする。

「騒がれるのは好きじゃないんだ」

バルロの目線やら、イヴンのもの言いたげな顔や、あからさまにいつ行くのだと問う王を指してケリーはあっけらかんと答える。

「やはり王女の友人よのう」

老婆が愉快そうに笑った。
どうやらこの目の前にいる少年はあの王女より気が長いようだ。
だがあの王女の友人をやるだけのことはある存在感があった。

「さあ王よ、何か聞きたいことがあるのだろう?」

老婆が本題をケリーに促す。

しかしケリーが奇妙な顔で老婆を見返した。

「…その、『王』ってのは何だ?」
「おぬしの呼び名じゃ。不満かえ?」
「いや、何だな。どうにも俺みたいな子供を指すにはえらく大袈裟なように聞こえるが」

この正体不明ながら聡明そうな、何もかもを見通す目を持つ老婆なら、ケリーがあの王様の子供だという馬鹿らしい噂も嘘だと承知のことだろう。
王女の友人と、ケリーを称したことからもそれが窺える。
どう考えても、リィをケリーの母親だと思っている様子はない。

しかし老婆は「おかしな事じゃ」と笑う。

「わしの目を甘く見るでない、おぬしが子供に見えるならこのばばあの目は耄碌したも同然」
「ははあ、それはよく見える目だな」

本気で感心してケリーは言った。
自分で鏡を見ても映っているのは少しばかり見目のいい子供なのだから、それ以外が見えているなら老婆の目は素晴らしく良いか随分とピントがずれているかのどちらかだ。

「人には人の、相応しい呼び方がある」
「それが俺の場合は『王』だとでも?」
「それ以外に呼びようがないのう」
「デルフィニアには立派な本物の王がいるだろう」

老婆はまた笑った。
少しこもる様な笑い方だった。

「そう、あれも王。それ以外はない」

だったら、と本物の王と知り合いである以上居心地の悪い呼び方をやめてもらいたいケリーは老婆に一言物申そうとした。
しかし言葉は老婆の方が早かった。

「ではこう呼ぼうか」

思わず口を噤む雰囲気だった。

「異郷の王よ」






back top next

最後の一言が書きたかっただけです…。