「…なんだあ?」

目を開いたら知らない人間がたくさん自分の顔を覗きこんでいたら普通は驚く。
ケリーも例外ではなく、それでも最小限の当惑だけを言葉にした。
それはかなり褒められる反応だったのではないかと、ケリーだけは心の中で自分を賞賛する。

「…口は利けるようですね。」
「それは安心した。これでやっと話が進む。」

そして状況がまったく把握できないケリーを無視して、後ろでなにやら話し声がする。
怪我人を囲んで不躾に会話をするとは非常識な連中だ。

とりあえず起きようとケリーは身を捻った。

「だ!」

思わず短く声が漏れて、それからケリーは肩口に巻かれた包帯の存在に気付いた。

「こらこら、無理しちゃいかんぞ。まだ治ったわけではないのだから。」
「てて、確かに完全回復って訳じゃあなさそうだ。」

ケリーは顔を上げて、ケリーを寝かしつけようとした男を見る。
髭を生やしたその人が医者だろうと中りをつけてケリーは聞いた。

「あんたが主治医かい。俺はどれくらい眠ってた?」
「ほんの一晩じゃ。」
「ということは再生装置か。間に合ったんだな。」

死ぬかと思ったんだがなあ。
物騒な台詞をなんでもないようにしみじみと呟いてケリーは肩を押さえる。
傷の深さは自分が一番良くわかっていた。
痛みはまだあるがかなり塞がっていることは確かなのだ。
意識がなかったのがたった一晩だとすると、この回復具合は再生装置でも使わなければ実現不可能。
最後の意識はリィが飛び出していくところだったから、きっと彼が間に合ったんだろう。

ケリーは深々とため息をついてそれから改めて目線を辺りにめぐらせた。
さっきから気にはなっていた。
こんな多くの人間が視界に入らないわけもなく、あえて無視させてもらっていたが、そろそろ聞かねばならない。

「で、あんたら誰だい?」

一番近くにいた男はケリーに負けず劣らずの身長と堂々たる体躯を持っていた。
印象としては茫洋、人の良さが滲み出ているような男だったが、どこか威厳のようなものが漂っている。

…こいつが大将か。

後ろに控えた人々も一人ひとり派手な連中で、その存在感はケリーでもなければ圧倒されていただろう。
それでも彼らは男の前には出てこようとしない。
この奇妙な集団は自然とこの大男がまとめているようだ。

大男のすぐ傍に二人の男が立っている。
これまた随分といい男が二人。
左の騎士然とした男の目線は鋭い。
不審な行動をすれば今にも切りかかってきそうだ。
反対に右側の男はそのしなやかな体を乗り出して興味津々といった様な素振り。

その二人の隣にはこれまた両方美しい人がそれぞれ控えている。
まあ、左にいるほうはどう見ても男だったが優しげな雰囲気にも関わらず背筋の伸びた姿勢が彼を甘く見てはいけないと示している。
さらに控えめに後ろの方には眉根を寄せた年嵩の男女。

一体何の集団だ。
ケリーは見当も付かず戸惑う。

大男に目を戻して、上から下まで観察してみれば少々どころか大いに違和感。
マントはまだいい。
布地のたっぷり使った豪勢な刺繍入りの服も。
だがその形はいつだか歴史の本に出てきたような、例えばシェラがリィに作ったあのドレスがここにあったら違和感はないかもしれない。
つまり時代が違う。

「コスプレ?」

首を捻りながら一応の解決法としてそんな事を思い浮かべてみるが、それには少々無理がある。
コスプレにしてもかなり本格的だ。
目の肥えたケリーには彼らが着ている服がどれほどの手間をかけて作られているかよくわかった。

というか、これ全部手作りじゃないか?
それだと恐ろしい値段になることは確かだ。

しかも腰に差してある剣。
これもどうやら本物だ。

そのコスプレ集団がなぜ自分を囲んでいるかはもっとわからない。

不思議そうな表情で自分達を見回す少年をウォルたちも目を放さずに見詰める。
少年はどうやら自分の状況を把握できていないようだ。
しかもこの反応からすると、この国では顔と名の知れた自分達の誰一人として見覚えがないらしい。

「私たちも教えてもらいたい。君は一体誰だい?」

穏やかに大男が話しかけてきた。

「……」

その台詞に少年の眉がぐっと寄った。
不思議そうな顔をしていたのが、不審な者を見る目に変わる。
警戒心も顕わにその右手が何かを探るように動く。
歴戦を潜り抜けてきた彼らだ、それを見逃したものは誰もいない。

横でバルロがウォルを守るように前に出て、イヴンが腰の剣に手をかけた。
それを目線で止めてウォルは尚も穏やかに話しかける。

「幾つか質問に答えてもらいたい。いいかな?」

ケリーは無意識に銃を探していた手を引っ込めて頷く。
どうやらここに自分に与えられた武器は存在しない。
そうとわかったからにはとりあえず状況がわかるまで大人しくしているのが吉だ。

「ここがどこだか答えられるかな?」
「病院だと思っていたが…にしては……」

答えながらケリーは部屋を見渡す。
今となっては反対に贅沢とも言える石と木で作られた部屋。
寝台の材質も木。
見上げればあれはいわゆるシャンデリア。
これは決定的だ。

「どこだこりゃ。」

彼らの格好に違和感を覚えていたが、この状況ではどちらかといえば自分の方が浮いているのだと認める。

呆然としている少年の様子を見て、ウォルはちらりとイヴンを見る。
本当に聞きたいことはまだ聞いていない。
バルロとナシアスを振り返れば小さな頷きが返って来る。
それに勇気付けられた様にウォルは少年に問いかけた。

「それから君が持っているものについてだが…」

言われて初めてケリーは自分の手を見た。
握りしめたままの手をゆっくりと開く。
そうしてはっきりと姿を表したものを見て彼らが小さく息を飲み、目を瞠ったことにケリーは気付いていた。

手の中にあったのはリィの指輪だ。
何でまだ俺が持ってるんだ。
その答えは医者がくれた。

「君が固く握りこんで離そうとしなかったんだ。」
「…そりゃ、悪い事をした。」

リィは優しい。
離さないとわかってそのままにしておいてくれたんだろう。
失くしたら大変だと思って握りこんだのが、反対にそのせいで返すのが遅れてしまったらしい。
そうとわかったらさっさと返さなければ。

「俺の連れはどこにいるんだい?」
「…連れ?」
「いなかったか?俺をここに連れてきたやつだ。一度見たら忘れないと思うんだけどな。」

ケリーは首を捻る。
それとも自分をここに放り込んだのは別の誰かなのだろうか。

「金髪に翠の瞳の超絶美形だ。」

一応は聞いてみる。
もし一度でもリィを見ていたら、この説明だけで十分伝わるはずだ。

「いんや、私が見たとき君は一人だったが。」

しかし医者はまったくの無反応。

反対に周りを囲んでいた連中が身じろぎをした。
後退る者までいたのだが、ケリーはもう気にしないことにしていた。

「怪我人を放ったらかしとは、リィの奴、薄情だな。」

そうとは思ってもいないような口調でケリーはぼそりと呟いた。

「「「…っ!!」」」
「……ああ、もう鬱陶しい!一体何なんだ、あんた達、さっきから!」

いちいち大袈裟な反応をする彼らを無視するのも辛くなってケリーは彼らを振り返る。

「…ああ?」

しかしその勢いも削がれ、戸惑ってしまうくらいに彼らの目線は恐かった。
口元を押さえて、叫びを押さえている者。
愕然とした表情の者。
真っ青な顔で今にも倒れそうな者までいる。
それでなければ射殺しそうな目で自分を見ているもの。
予想したよりも大きなモノが存在して、ケリーは頬を引き攣らせた。

「貴様、今なんと言った。」

目線は鋭いがいい所のお坊ちゃまだろうと思われる男が最初に口を開いた。

「…『薄情だな』?」
「違う、その前だ!」

迫力に押されてケリーは素直に言いなおす。
答えなければ本当に殺されそうだ。

「『怪我人を放ったらかして』?」
「ふざけているのか!?真面目に答えろ!」

黙っていた後ろの年配者まで切れだした。
だが、ケリーの方としては至極真面目に素直に答えているのだ。
そりゃないぜと言いたい。

「先程あなたは『誰』と仰いました。」
「ああ、そういうことか。あんたら金色狼のことを言っているんだな。あいつの知り合いか?」

ということはリィは彼らに事情も説明せずに自分を預けたんだろうか。
それなら彼らにも悪い事をした。

「ということはここはもしかしてボンジュイだったりするのか?」
「…いや、ここはボンジュイではない。」

先程から黙っていた大男がやっと口を開いた。

「少年、君はグリンディエタ・ラーデンを知っているのか?」
「……名前の一つにそれを持っている奴なら知っているが、ちょっと待てよ。その前に今なんて言った?……少年?」

顔を引き攣らせてケリーは自分には決して相応しくない呼び名を繰り返す。

「あんたらにはこの俺が少年に見えるってのか?」
「……それ以外には見えないが?」
「はっはっは、随分と面白くない冗談だ。」

言いながら自分の体を見て、手を翳して少年は段々と笑いを納める。
それを黙って見ていた男達を情けない顔で振り返り、少年は鏡を所望した。

鏡を覗き込んだ少年はぴしゃりと自分の額を叩いて呻くように言った。

「ひでえ冗談だ。」

そこにはまぎれも無く自分の顔。
ただし随分と昔の。

「説明しやがれ、金色狼!」

思わずケリーは叫んだ。






back top next

まとまらない…(汗)