「だから、これは本当の俺の姿じゃない。」
と言って信じる馬鹿がどこにいるのか。
ケリーは諦め半分、それでも往生際悪く言ってみる。
いっそ黙って少年の振りをしていた方が得策と言えるのだろうが、彼らはどうやらリィの知り合いのようだから話が通じる可能性もある。
どこまでの知り合いなのか、確かめるための台詞でもあった。
しかし返ってきたのは信じるとか、信じないとかそういう反応ではなかった。
「なるほど、確かに知り合いらしい。」
「どうやら嘘はなさそうだ。」
何でそうなる。
自分なら頭がおかしいのかと疑うような言葉なのに、彼らはその言葉を聞いて自分がリィの知人だと認めてくれたらしい。
一体どういう関係なんだ、金色狼。
脱力したくなる体を支えてケリーはとりあえず状況の把握に努めようとする。
「で、さっき一度聞いたが、あんたらは一体誰なんだい?」
「…いくら王妃の知人とはいえ、従兄上にそんな口を利くことは許されん。言葉を改めて貰おう。」
「おいおい、相手は子供ですぜ、そうかっかなさんな。」
もちろんその言葉を聞いてケリーが複雑な顔になったのは言うまでもない。
「…というか、俺はあんた達が誰だかわからないから聞いているんだがな。どういう言葉遣いをすればいいのかもさっぱりだ。」
「はっは、さすが王妃さんのお友達だ。だが王妃さんより物分りは良さそうだな、ありがたい。」
「……王妃ってのは金色狼のことか?」
その呼び名には覚えがあってケリーは思い至る。
ヴァンツァーやレティシアがリィの事をそう呼んでいた。
「金色狼というのはリィのことか?」
しかし大男に反対に聞き返された。
「ぴったりだろう?」
「確かにあの娘には相応しい。」
大きな男が満足そうに頷く。
「娘…それも金色狼のことか?」
ケリーは今度こそ考え込む。
彼の知る金色狼はこの世のものとは思えないほどの美貌を誇っていたが、それでもどう見ても女には見えない。
しかし、そこは一旦思考を止めて考えてみるべきだ。
リィが言っていたことを思い出す。
いつだったか、言っていなかったか?
女の体で過ごしていた時があったと。
頭の中でとんでもない仮説が組みあがる。
「俺も聞きたいことがあるんだが、いいかな。」
「ああ、こっちも答えてもらったからな。」
「じゃあ、遠慮なく。あんたらは金色狼の知り合いである。」
「そうだ。」
「ちなみにあんたらの知っている金色狼は女だ。」
「そりゃそうだろう。王妃なんだからな。」
「…金色狼は13歳から6年間ここにいた。」
「正解」
ケリーはもう一度自分の額を叩いて顔を覆った。
「こりゃあ、ひでえ現実だ。」
だが最後の望みをかけてもう一つ聞いてみる。
「それじゃ何か?ここは暗殺を生業とした一族がいたり、女装した女より女らしい男が使用人やってたりする世界か?」
「それはファロット一族とシェラの事かな?」
「シェラ!?」
悲鳴に似たケリーの声が知り合いの名を呼んだ。
その名が出てしまえばもうこれは決定的だった。
これは例の、ケリーには行けない世界ではないか。
「ということは自力では帰れないということか!?一体どうなってやがる!」
さすがのケリーも眩暈がした。
空間と時空を超えて、しかも体が若返っていると来た。
非常識に慣れ親しんだケリーとてついて行けない。
混乱の極みにいるケリーに向かって、それを気にとめた様子もない大男が勝手に自己紹介を始めた。
至極機嫌が良さそうだ。
ケリーは知らなかったが、それはリィの効果だ。
「で、私の名はウォル・グリーク」
「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィンというのが正式な名だ。」
横からさっきから小煩い男が口を出した。
ウォルと名乗った男にはどうでもいい事のようだが、その男にはこれはこだわりらしい。
何か意味がある名なのだろう。
「それはどうもご丁寧に。俺は…」
名無しの権兵衛。
といえばこっちは真面目でも、今も無礼は許さんとばかりに睨んでくる男に腰の得物で殺されかねない。
「ケリーだ。」
「妃殿下には苗字がありましたが、あなたにはないのですか?」
余計な事を言ってくれたのは姿勢のいい男装の、だが育ちの良さそうな娘。
黒衣の男の傍に控えている女だ。
ケリーは少々考え込む。
それからまあいいか、ともう一度名乗る。
なにせここは仮説が正しければあの世界からは切り離された異世界なのだから。
「ケリー・クーアと呼ばれることが多いな。」
自分はただのケリーだと思っているが、それが使い慣れ、呼ばれ慣れた名であることに変わりはなく、あの妻がいる限りはその呼ばれ方も悪くはない。
「ほう、変わった名だ。」
「あんたこそ、長ったらしい名前だな。」
互いに、苦笑。
二人共知らなかったが、その名を名乗ってされる反応は似たようなものだ。
しかし慣れたその反応が返ってこない。
これはその名にまったく聞き覚えがないということだ。
いよいよ正体が確定してきた。
「そうだな、だからウォルと呼んでくれて構わないぞ。」
「従兄上!」
「ウォル!?」
「王!」
ウォルがケリーに言った途端非難の声が次々に上がる。
その中に気になる言葉を見つけてケリーはウォルにそれを繰り返す。
「王?」
「そうだ、この方こそデルフィニアの偉大なる王だ、よく覚えておけ小僧!」
「デルフィニアってのがこの国の名前か?」
勇んだ男の言葉をさらりとかわしてケリーは新たな事実を反復する。
将軍然とした壮年の男は肩透かしを食らったように、がくりと崩れる。
たおやかな美人の男が感心したように呟くのが聞こえた。
「本当に何も知らないのですね。」
「なんだ、リィは初めから知っていたのか?」
聞きとがめてケリーは意外そうに瞬いた。
皮肉ではない。
ケリーはここにいた頃のリィをまったく知らないから純粋に疑問に思っただけだ。
そのケリーの質問に周りの目がウォルに向く。
一番初めにリィと行動していたのは彼なのだ。
「いや、リィも何も知らなかった。卿と同じように自分がどこに居るのかもわかっていなかった。」
それではリィも今の自分と状況は同じだったわけだ。
「それで王様に会って、6年を過ごして帰ってきたのか。…ということは俺も6年は待たなければならないということか?」
いや、そうとは限らない。
むしろ悪い方向で、そう言える。
あの黒い天使と金色狼なら不思議な絆がある。
だから互いの居場所もわかるし、迎えにも来れるだろうが、自分は違う。
ルウに自分の場所がわかるわけもなく、頼りの相棒は黒い天使のように時空を超える力はない。
まして彼女に繋がっているはずの右目は通常の動作はしてもダイアナの反応がない。
これはもう完全に通信手段がなくなったということだ。
お手上げだ。
下手をするとここで一生。
「勘弁してくれ。」
その声は思ったより深刻に響いて、ウォルたちは黙る。
これでは何のために生き返ったのかわからない。
一生を賭けて取り戻すと誓った妻もなく、自分の魂そのものの相棒もいない。
しばらくの間、ケリーはそうしていたが、不意に顔を上げた。
「そうだ、ここはシェラやあのファロット一族みたいなのが一般的な人間なのか?」
「は?」
「いや、俺が知ってるこっちの人間というとあのファロットという一族三人だけなんでね。」
「冗談じゃない、あんなのがそうごろごろといてたまるか!」
「何で怒るんだ、変な奴だな。」
怒髪天を突いているバルロにそう言い放つ恐いもの知らずの少年に誰もが目を瞠った。
知らないということは恐ろしいことだ。
「安心した。あんなのばかりだったら生きてく自信がない。」
その台詞をリィやシェラが聞けば思いっきり顔を顰めたに違いないが、生憎ここにはそれを聞きとがめる者はいない。
死ぬかと思ったが自分は生きていて、何だかおかしな状況になっているようだが、あの天使がくれた命を簡単に捨てるつもりなんて欠片もない。
少々の落ち込みも過ぎて、ケリーは迎えが来るまで、あるいは来ないかもしれないがそれでも生きていくために頭を巡らせ始めた。
その確認途中でウォルが意外そうにケリーに聞く。
「卿はリィやルウどのと同じ一族ではないのか?」
「あんたおっそろしい事言うなあ。これでも俺はただの人間だって自覚はあるんだぜ。」
どの口がそれを言うのか、ダンなら目を引ん剥いているところだ。
「それでは卿は魔法も使えない?」
「普通人間は使えないと思うが?」
更にイヴンが割り込んでくる。
向こうの世界はそういう者ばかりがいるものだと思っていた彼らには驚きの事実なのだ。
「足が異様に速かったり、力が強かったり、剣が達者だったりもしないのか?」
「おいおい、どういう誤解を撒き散らしてくれたんだ、あの天使と金色狼は。ったく、一般人としてははた迷惑この上ないぞ。」
ケリーはあいつらは特別だと力説する。
同じようにバルロたちもファロット一族のような者はこっちでも特別だと説明を重ねた。
自分は船乗りで、射撃には自信はあるが、剣とか馬となったらそうはいかない。
どうやらここでのリィもルウもかなりの実力を見せていたようだから、期待される前に言っておかねばと思ったのだ。
案の定、どうやら彼らは自分をあのラー一族と一緒くたに認識していたようだ。
「今のうちだから言っておくが、俺はあんたらが下げている剣も使ったことはないし、馬にも乗ったことはないからな。」
「嘘でしょう!?」
「王妃の友人が?」
「よくそれで妃殿下と付き合えるものです。」
居心地が悪い。
何だ、純然たる事実を言ったのに、この責められているような状況は。
まるであり得ない者でも見るかのような彼らの視線に晒されて、開き直ったケリーは肩を竦めた。
仕方ない。
とりあえずはここで生きていく方法を探さなければならないようだ。
そう決めてしまえばいつもの彼だった。
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進まない…(汗)
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