「王様、その卿ってのやめてもらえないか?」
彼のような身分の人間にそんな風に敬意を持って呼ばれる心当たりはない。
せいぜいがリィとルウの知り合いというだけのこと。
「ケリーでいい。」
「ふむ、しかし卿はリィとルウどののご友人であらせられる。私たちはあの二人には数え切れないほどの恩がある。その友人を蔑ろにはできないのだ。」
「だから俺はあいつらと違って、ただの一般人でごくごく普通の一般市民だって。あいつらに助けられているのはこっちも同じだ。畏まるのはやめてくれ。」
「いやいや、こちらも譲れない。」
くだらない押し問答が続き、ウォルが折れた。
「ではケリーどのとお呼びする。それで構わないかな。」
「…仕方ない。」
今の自分ははっきり言って威厳も何もあったものじゃない。
何せ姿が少年だ。
その少年に向かってここまで表面上ではない敬意を払えるのは彼の持って生まれた性質なのだろう。
「あんた達の王様、かなり変わってるな。」
然りと皆が頷いたことに王は大いに不満を言い募ったが、誰も聞く耳は持たなかった。
「おい、小僧俺は遠慮なく呼び捨てにさせてもらうぞ。」
「どうぞ、ご勝手に。小姑殿。」
「こ、小姑!?」
「いや、あんたの名前を知らなくてね。」
「バルロだ!」
「サヴォア公爵だよ、ケリーどの」
優しげな雰囲気の男が注釈を付け加えてくれたが、さて、ケリーにはいまいちその地位がわからない。
「偉いのか。」
「そうだね。」
言い聞かせるような口調はもう気にならなかった。
この外見だ。
せいぜい利用しようとケリーはふむと頷く。
これが普通で、あの王の態度の方がおかしいのだ。
「いわゆる貴族?」
「…貴族でも頂点に立つ一族の当主だよ。」
ケリーも経済界を背負って立っていた男だ。
一応貴族の階級分けくらいは知っているが、その前提としてこの国がどれくらいの国力を持っていてその中で貴族がどの程度の権力を持っているのかが既にわからない。
それを彼はケリーがまったくの無知だと判断したようで、懇切丁寧に教えてくれた。
「へえ、確かに煮ても焼いても食えなさそうだ。」
ケリーとしては最大級の賛辞を贈ったつもりだったが、バルロは理解してくれなかったようだ。
まあまあとバルロを抑えてくれた美人な男が自己紹介をしてくれた。
「ラモナ騎士団長を務めている。」
ナシアスと名乗った。
それから黒衣のしなやかな男。
独立騎兵隊長のイヴン。
その妻、男装をしたシャーミアン。
他にも宰相やら近衛兵団司令官やら伯爵やら将軍やら。
ケリーは一々頷きながら聞いていたが実は大いに驚いていた。
肩書きを聞く限り、彼らはほぼ国の中枢を担う者たちだ。
それが少年の様子を見に来るような身軽でいいのだろうか。
「ケリー、お前従兄上を王と知ったからには言葉を改めろ!」
やっぱり煩いバルロを無視してケリーは頭の中でこれからの算段を立てる。
一応市井で生きていく自信はある。
少々の厄介ごとなら自分で解決できるだろう。
しかし戸籍やらなんやらがなくてもどうにかできるものなのだろうか。
そうなると法の網を掻い潜って流れものになるしかない。
それも面白そうだ。
ケリーは知らない世界に対する恐怖心が薄い。
どちらかといえば開き直ってしまった今、好奇心が湧いている。
「さて、と。世話になった。この礼はいつかする」
「は?」
「ケリーどの?」
まだ痛みの残る肩口を押さえて、それでも無理が利かないほどではないと感覚で判断してケリーはベッドから足を下ろそうとした。
しかしそれを押し留める者がいる。
「王様?」
「一体そんな体でどこに行こうというのだ!?」
熊が怒った。
ぱちくりとケリーはウォルを見上げる。
いきなり威厳が増したウォルをさすがに王だとケリーは感心する。
「どこって、とりあえずは外に出てみるさ。それからはまた後で考えることにする。」
「ちょっと待て、何でそうなる」
イヴンが額を押さえてケリーに聞く。
が、聞かれたケリーはそれこそその意味の方がわからない。
怪訝な顔に気付いたイヴンが言葉が足りなかったらしいと言を重ねた。
「お前が、何で、今、出て行くんだ?」
「言っている意味がよくわからないんだが?」
本当にわからない。
怪我をしているところを助けてもらって、目が覚めたから出ていこうとしているだけなのに、何故怒鳴られたり呆れられたりしているのだろうか。
「わかった、よーくわかった。」
「何が?」
「お前が王妃さんと同じ類だってことがだ。」
言葉が通じん。
言ったイヴンに周りが頷く。
いや、リィのことは知らないが。
「じゃあ俺が話してる言葉は何なんだよ、おい。」
ケリーが突っ込みたくなったのは仕方がない。
「とにかく、ケリーどの!」
「はい」
素直に返事をしたのは相手が人の良さそうな王だったので。
「我々とて怪我人を最後まで面倒見る甲斐性はあるつもりだ。」
「はあ…」
それは見ればわかる。
「私はせめてリーの友人の面倒くらい見させて頂きたいと思う。」
「…何もしてない俺をか?」
言いたいことは今ので理解できた。
しかしそれとこれは別だ。
基本的に自分のことは自分で、ダメなら人生ギブアンドテイクで誰かの助けを借りて貸して生きてきたケリーには何もせず、無心に世話になることは出来ない。
というか気持ちが悪い。
それを王は外見に似合わずケリーの微妙な表情から聡く読み取ったのだろう。
「ではこういうのはどうだろう。ケリーどのは我々にそちらの世界での王妃の事を話してくださればいい。そのかわり私はケリーどのにこの世界の事を教える。」
「…いつまで?」
「ケリーどのが一人でこの世界でやっていく十分な知識と処世術を身につけるまで。」
ケリーは天井を見上げる。
わかっている。
これは彼らの好意だ。
もの凄く、自分に都合のいい提案が居心地が悪いなんて言ってはいけない。
「さっさと答えんか!」
「うるさい」
「な・ん・だ・とー!」
片手間にバルロを怒らせて、ケリーは頭を掻いた。
「あ〜、じゃあ世話になろうかな。」
実は床に下りようとして戸惑ったのだ。
足が短い。
この分では腕だって思っているよりは短いんだろう。
間合いや攻撃範囲が自分が思うのと相違があるということは戦闘において致命的だ。
ケリーもこの体に慣れるくらいの時間は安全が欲しかった。
「よろしく。」
「うむ、これからよろしく頼むぞ!」
どっちかというと頼むのはこっちだろうと思ったが、ケリーは黙っておいた。
どうやら居場所が出来たらしい。
この王らしくない王のおかげで。
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肉体に引き摺られて精神年齢若返り中。
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