「まずは傷の回復を待つのが一番だな。」
ウォルが段々と砕けてきた口調で言った。
ケリーはその言葉に首を傾げた。
何故なら回復を待つほど傷は痛くない。
「この分なら問題ないと思うが?」
肩を軽く動かしてみせながらケリーは王を見上げる。
「というか、何でこんなに治りが早いんだ。あんたら、実は再生装置を持ってるとか?」
科学力の発展のあとは見て取れないのだが、フェイントをかけてもの凄く進んでいるとか。
あるいは。
「黒い天使みたいに力が使えたりする奴がいるとか?」
時空を越えたり、自分の体が縮んでたり、もう何が起きても不思議ではない。
「いや、お前自身が短時間のうちに回復したみたいだぞ。」
イヴンが先程の結論を教えてやる。
やはりケリーは自分で一般人と主張している通り、驚異的な回復能力があるとか、そういった自覚も、そういったことがわが身に起こったこともないようだったので、ここはその不思議体験経験者の共通項が親切心を沸きおこさせた。
イヴン自身、似たような経験がある。
治るはずのない怪我がほんの少しの間に治ってしまうという、呆気に取られるような出来事が。
なかなか出来ない体験ということはそういう経験を持った人間に出会える確立も限りなく低いわけで、イヴンは彼にちょっとした仲間意識を感じる。
「…あっそ」
ケリーはイヴンの言葉に驚くでもなく、ただ諦めたような、呆れたような顔でため息をつきながら答えた。
そして手の中の指輪を見つめて苦笑。
「お前か。」
ここに自分の傷を治す要因がないということは、思いつくのはこれだけだ。
「守ってくれようとしたのか。」
リィの意思。
今は自分の手の中に静かに収まっているそれが、彼の手を離れて尚、彼の意思を受けて力を発揮したのかもしれない。
その結果おかしな事になっているとしたら、自分は恨み言なんか言える立場じゃない。
「助かったのは確かだしな。」
体を回復させるなんて離れ業。
意識的にだか、無意識なんだかはわからなかったが、指輪と離されているにも関わらずやってのけるのは難儀だろう。
リィに何らかのダメージがなければいいんだが。
また恩が増えた。
生かしてくれたことに感謝する。
ケリーは指輪を握りこんで誓う。
必ず返す。
リィの一部を勝手に持ってきてしまったようなものだ。
この借りを返すのはかなり大変だと思いながらケリーは笑った。
バルロが目を瞬かせる。
笑うと随分と印象が変わる少年だ。
冷たい感じの美貌が人懐こい印象に。
「…人の顔をじろじろ見るなよ。ご婦人ならともかく幾ら美形だからってあんたのような男はお断りなんだ。」
「だ!貴様!……ふん、誤解を招いたようだから言っておくが俺には妻も子もいる。」
激昂しかけて、それでは負けだと思ったのか、必至に感情を抑えて口元を引き攣らせながらバルロが反論した。
ナシアスは、女好きのバルロにとっては最大級の侮辱だと感じているだろうと苦笑する。
「それはまた。妻も子もいる変態とは世間の風上にも置けないな。妻子が可哀相だ。変態は変態らしく静かに生きていればいいものを。」
「貴様ー!殺されたいのか!!」
ついに切れたバルロを男達が宥める。
それを横目にケリーは至極満足そうだ。
「…ケリーどの、あまり従弟どので遊んでくれるな。」
「いや、つい面白くてな。」
どうやら一筋縄でいかない人物であり、王妃と同じく外見で判断してはいけないらしいとウォルはくつくつと笑うケリーを見て思った。
「ところでこれから俺はどうすればいい。ここの事を教えてくれると言ったって、あんたが王様じゃ直接って訳にもいかないんだろう?」
「そうだな、俺にも執務がある。それに手を抜くわけにはいかんからな。」
「王様のお仲間もそれぞれ忙しそうだな?」
「ああ、彼らにもやることは多い。」
ケリーとウォルは互いに顔を見合わせてさてどうしたものかと唸る。
「それなら提案があります。」
横から口を挟んできたのは先程ブルクスと名乗った宰相だ。
額には生きてきた歳月を数える皺が刻まれていたが、その経験と知識を生かして重宝される有能な臣下だろうと一目で見極めがつく。
しかしケリーは感心はすれども畏まることもない。
年齢的には俺の方が上だろう。
などと誰にも信じてもらえない事実と照らし合わせてみただけ。
なにせ、外見はこんなだが生きてきた年齢を数えてみると軽く八十はいっている。
このメンバーの誰よりも年上で、実に若作りで立派なジジイなのだ。
「提案?」
「学校に入って頂くというのはどうでしょう。」
「ガッコウ!?」
叫び声を上げたのはケリーだ。
ガッコウ、がっこう、学校。
生まれてこの方、通った覚えがない。
学校と自分。
ちょっとこれ程似合わない組み合わせもない気がする。
というか、どこか似たような境遇の人外仲間の連中を思い出した。
彼らも別世界に来て、学校なるものに通っている。
『目指せ一般人』を合言葉にしている(言っているのは金の彼だけだが)彼らのことだ。
「勿論ただの学校ではありません。寄宿舎も用意されていますから住む所に困ることはないでしょうし、勉強に打ち込む環境も整えられております。先程馬や剣は扱えないと仰っておりましたが、それも一から教えてくれる場所があります。」
「…あそこか。確かに何も知らない奴が一から学ぶのには丁度いいかもしれないが。」
「それがよろしいですわ!いい考えだと思います。常識がなくても周りも同じような状況でしょうからケリー様が浮くということもないと思いますし。」
ケリー的にはちっとも理解できない。
というか、ここに生まれて住んでいて、常識がない連中が集まるところとは一体どんなところだよと不安に思わずにいられない。
「……だがなあ、こいつだぞ?この生意気そうな小僧があんなところに入ってみろよ。あっという間に目の敵だぜ、子供とはいえしょうもない誇りだけは一丁前に持ってるぼんくら共の。」
「大体あそこに入るにはそれなりのものが必要だ。」
イヤ〜な予感がひしひしとする。
それなりって、つまり。
「肩書き、と金か?」
「その通りだ。貴族しか入れないというのが昔からの決まりだ。」
うげ。
とは顔にも声にも出さなかった。
「それなら後見人がいれば問題はないでしょう。」
イヴンがちらりとバルロを見る。
ブルクスもそう考えていたようで頷いた。
「弱小貴族が付いたとて何の効果もないでしょうが、公爵家なら多少の無理や例外は通ります。」
「お断りだ!冗談じゃないぞ、何故俺がこんな小僧の後見人など勤めなければならないのだ」
少しくらい可愛げがあればまだしも。
バルロがブツブツと呟く。
俺に可愛げがあったら怖くないか?
ケリーは冷静に思いながら提案してみる。
「今からでいいならやるけど?」
その可愛げがある少年とやらを。
にっこり笑って素直に返事をすればいいだけの事、別に痛くもかゆくもない。
「お父さんとでも呼ぼうか?」
自分の息子より年下の男にこんな事を言えるケリーの神経はやはり特別製だろう。
言われたバルロが鳥肌を立て言う言葉すらなくして立ち尽くしている。
よっぽど嫌だったらしい。
ケリーとしては学校に入ることなんてどうでもよかったが、それが彼らに、むしろこの王に一番負担のかからない方法のようだと判断したから受け入れる腹積もりだった。
恩人の好意は無下には出来ない。
「力があれば別に従弟どのでなくてもいいのだろう?」
「構わないと思いますが、バルロ様より力のある方など…」
「俺がいるではないか。」
「陛下!?」
「後見人には俺がなろう。」
満面の笑みで、本気とわかる顔でウォルがのたまった。
「それなら何の問題もないだろう?」
「ありまくりですぜ、陛下!」
「そうです従兄上!従兄上がやるくらいなら私が!」
「いや、もう決めた。ケリーどの構わないだろう?」
「…王様がいいなら俺はまったく問題はないぜ」
ケリーは頭をかきながら答える。
一応、起こっていることはわかる。
学校というか、寄宿生活は初めから波乱万丈で始まりそうだ。
何故なら王の後見を持った鳴り物入りでの入学を余儀なくされるようだから。
まだぎゃんぎゃんとうるさい連中とそんなこと気にも留めてない王と、苦笑いのケリーと、展開について行けずに呆気に取られている者と、諦めのため息を吐く人々。
まあ、何とかなるだろう。
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どうすんのこの展開。いいや、行っちゃえ×A
まあ、なんとかなるっしょ
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