「おい、あいつだ。」
「嘘だろう、どう見たってデルフィニア人じゃないじゃないか。」
「一体どうやって陛下に取り入ったんだ?」

ひそひそと囁かれる、自分の噂話はしっかりとケリーの耳に入っている。
ケリーはそれにどんな反応も見せなかった。

手には必要だと言われた筆記具とメモ用の紙。
カリンが一通り手ずから用意してくれたものの中には本の類もあったのだが、ケリーはまあ転入生だからまだ教本などいらないだろうという勝手な判断の元、荷物一式の中に放り込んできた。

そして堂々と歩き、堂々と扉を開き、堂々とそこにあった椅子に腰かけた。
ふんぞり返って、さっきから聞こえの良すぎる耳をほじってみる。
ここに来て初めて会った連中は、国の中枢を支えているくせにかなり変わっていて面白い奴らばかりだったが、やはりその全てが同じようにはいかないらしい。

「あ、あの、」
「はん?」

おずおずと話しかけられた。
随分と大人しそうな少年だ。

「…そこ、僕の席…なんだけど」
「なんだ、席が決まってるのか。」

ケリーはのっそりと腰を上げて席を譲る。

「あの、新しく入って来た子だよね。」
「……まあな」

少年は予想に反して話しかけてきた。
『子』 とか言われるといまだに目を瞬かせてしまう。

「僕の隣が空いてるんだ。とりあえずここに座ったらどうかな。」
「ああ、そりゃありがたい。」

大人しそうに見えてもちゃんと話は出来る、それなりにまともな人間らしい。
彼はダミアンと名乗った。
彼が説明するところによると、家名は名乗らない決まりらしい。
ここでは誰もが平等だと主張したいがための決まりだが、ほとんどの者は社交界で顔を合わせているため、意味がないのだと笑ったダミアンはもしかしたら貴族社会でも上流に位置するのかもしれない。

貴族だけしか入れない時点で平等精神なんてあって無きが如しだろうと思いはするも、ケリーは思うだけに留め、気のない返事を返す。

「君の名前は?さっきから凄い注目だよね。」

それは王の後押しでここに入学したからだが、ダミアンはそれを知ってか知らずにかずばりと聞いてくる。

「…ケリーだ。よろしくダミー」

ダミアンの台詞の後半を無視して、勝手に愛称で呼ぶと周りがざわりとどよめいた。
どうやらこちらの会話に聞き耳を立てていたらしい。

「あはは、君いいね。僕をそんな風に呼ぶのは今まで両親だけだったよ」

これは本物らしい。
厄介な。

彼を愛称で呼んだときには批判と嘲笑の混じった目線が、ダミアンの許しともとれる台詞が出てから嫉妬に変わる。
うまくやったな。といった感じだろうか。

おい、金色狼。
今ならお前の気持ちがよくわかるぜ。

ケリーはうんざりとリィに心の中で声をかける。
出来れば放っておいて欲しい。
平穏に、静かに過ごしたい。
『目指せ一般人』をスローガンに掲げる彼にようやっと同意できた。

ケリーはここの制度を知らない。
しかし公爵の地位を持つバルロが言うところによると彼はこの学校に通ったことはないらしい。
曰く「あんなところに行くのは金のない奴らだけだ」と。
それは言いすぎだろうが、バルロは確かに家庭教師やらをつけて自分の家で学んだようだ。

伯爵家のシャーミアンや同じく伯爵家の出である王も通ったことはないという。
しかし「何せ領地が辺境だったから」と苦笑する王の言葉を聞けば伯爵家の者が通うことはあるらしい。
とりあえず貴族の中でも中級から下級の者が主な構成員だろう。

そうなるとダミアンは良くて伯爵家といったところだろうか。
だが、誰もがケリーに興味を持っていながら突っ込んだ事を聞いてこないのは家名を言わないということと同じように出自やそれに関する事柄を聞くこともタブーなのだろうと判断してケリーは何も聞かなかった。
正直、興味自体なかったと言っていい。

そうしてケリーの学生生活が始まったわけだが、話しかけてきたダミアンとも一定の距離を保ち、一人で行動する事を厭わないケリーはたちまち浮いた。
扱いは一匹狼だ。

王の後見という威力のせいか、ちょっかいをかけてくる者もいない。
うんざりした初日から比べると思ったより穏やかな日々だった。





「おい、あいつ何読んでた?」
「…あれ多分来年の教本だと思う」
「……本当かよ」

ちらちらとケリーを伺いながらひそひそと話し合う男子達。
彼はつい三ヶ月ほど前に入って来た新入りだ。
これがちょっと変わっていた。
いや、ちょっとどころではない。

彼がどこの誰か、知る者がだれもいない。
それは貴族社会では滅多にないことだ。

入ってくる前の噂では相当の田舎者かと揶揄ったものだったが、実際に入って来た彼を見たときには誰もがあんぐりと口を開けた。
彼の特徴はデルフィニアでは有り得ない。
それでも目を瞠るほどの鋭い美貌。

堂々とした態度はふてぶてしいと言うよりは貫禄が見えて、誰も口に出さなかったが圧倒されたのだ。
侮辱じみた言葉は強がりだったかもしれない。

そんな外見だから女達が騒がないわけがない。
たまの合同授業での女達の落ち着かなさはあからさま過ぎてケリーに対する反抗心を男達に植え付けるのに十分だった。

これで馬鹿なら話は早いのだ。
やっぱりと勝ち誇ったように笑ってやれる。
当初の彼ならそうできた。
常識を知らず、自分達にはその意図のわからない質問ばかりを投げかける。
ダミアンに睨まれない程度にそれを皆で鼻で笑い、自分達の優位を示していられたのだから。

しかし、書き写しも予習もせず、ただ授業を聞いているだけの彼の態度に憤っていた教師達もいつの間にか注意をしなくなった。
意地悪く笑っていた同級生が訝しく思う暇なく、ケリーは先日の定期試験で優秀な成績をたたき出した。

こうなれば同級生達は黙るしかない。
彼に擦り寄っていくにはケリーは男のプライドを掻き毟りすぎるのだ。
今となってはもう荒さがしの様相を呈してきている。

無視すればいいのに無視も出来ない。
気になる。
裏を返せば羨望や憧れとなるそれも、プライドの高い彼らが素直に認めるわけもなく、一人淡々と日々を過ごすケリーの感想とは裏腹に、周りは決して静かではなかった。








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謝っておこう、ごめんなさい。